からかわないでよ、千景くん。
「あんなやつのせいで泣いてんの、気に食わない」
千景くんがそう言って、ひょいっと私のコップを奪って机に置いた。
「え、と…千景くん?」
戸惑いながら声をかけると、千景くんは私の肩に頭をあずけて、ボソッと呟いた。
「かわいい」
「え?」
思わず聞き返すと、今度は肩から頭を起こして、まっすぐ私の目を見て言った。
「なずなは、かわいい」
「…っ、」
心臓が跳ねる。耳まで熱くなる。その言葉が、まっすぐすぎて、どうしていいかわからない。
「もっと分からせないと、だめだね」
そう言って、千景くんはヒョイッと、いとも簡単に私を抱き上げた。
「やっ…千景くんっ!」
突然抱き上げられて、足をバタバタさせる。心臓が跳ねる。頭が真っ白になる。
「暴れんなって」
そう言われて、グッと全身に力が入る。
なに、なんで? どこ行くのっ…?
階段を上がって、二階へ。
一番奥の扉が、ゆっくりと開けられる。
その瞬間—— ふわっと、空気が変わった。
部屋に入ると、リビングよりもずっと強く、千景くんの匂いが広がっていた。
柔らかくて、落ち着く香り。洗剤と、少しだけ甘い香水。