エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
 その翌日から、正俊さんは国会答弁の準備に入った。帰宅できてもごく短い時間で、必然的に、私たちが話をできる機会はなくなった。

 季節は夏へと向かっていって、私が受験する都立子ども図書館の一次試験が近づいてきた。

 国会中継のニュースで文部科学大臣の答弁が映ったとき、画面の端に映り込んでいる正俊さんを見た。彼の多忙が国会答弁の準備のためであるというのを、疑う余地なんてまったくなかった。
 疑う、という行為を思いつくことさえなかった。





 今夜こそ、正俊さんに会えるかな。

 そんなことを考えながら、夕やけの街を帰宅していた。採用試験のための参考書を買うために、虎ノ門のビルの書店に寄った。職場の近くの書店には、目的としていた本がなかったから。

 購入の目印としてレシートを挟んだ本を受け取って、書店を出た。ビルのエントランスを出たところで――横断歩道の向こうに正俊さんの姿を見た。

 会いたい、と思っていたから、都合の良い夢かと思った。ちょうど青になった横断歩道を渡ろうとした。――でも。

「お姉ちゃん……?」

 後ろ姿だけだった。でも、緩く巻かれたツヤツヤの髪も、フレアのワンピースをひらめかす足取りも、全部がお姉ちゃんに似ている気がした。

 お姉ちゃんに似たその女性が、正俊さんの腕に腕を絡める。

 あ、と吐き出した呼吸が浅くなる。違う、そんなわけない、だって正俊さんは。

 今すぐに横断歩道を走って、正俊さんの手を掴みたかった。でも、私は立ち尽くしたまま動けなかった。

 パンプスの靴底が、石畳に凍りついたみたい。

 浅い呼吸を繰り返しているあいだに、青信号は点滅して赤に変わる。私の目の前を車が行き交う。
 正俊さんの姿は、もう見えない。
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