エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
 エントランスからロビーへ、先に姿を見せたのはお姉ちゃんだった。淡いピンクのスカートを揺らめかすお姉ちゃんは、華奢なミュールを鳴らして、くるりと後ろを振り返る。

 続いて、正俊さんの姿が見えた。お姉ちゃんは正俊さんの腕を取って、正俊さんに何かを囁いた。

 私は、千円札を2枚、テーブルに置いて席を立った。かつん、と響くヒールの音に、自分の低い心音が重なる。

 ロビーのちょうど真ん中で、私たちは対峙した。

 正俊さんは、戸惑ったように視線を揺らした。私を見たお姉ちゃんは、ほんの一瞬驚いた顔をした。だけどすぐに、くちびるをゆるりと持ち上げると、正俊さんの肩に頬を寄せて言った。

「正俊さんが誘ってくださったの」

 可憐で軽やかな、勝ち誇った声だった。

 私は正俊さんを見た。
 正俊さんは――先程の戸惑いを一切表情から消して、鋭い眼差しで笑った。
 私の知らない表情だった。

 どくん、と胸の内でひときわ低い心音が響く。それでも、彼から目を逸さなかった。

 正俊さんは、一歩前へ進み出た。
 そうして、私の肩を抱いた。
 はっと息を呑む私の頭上で、背の高い彼が言い放つ。

「確かにあなたをお誘いしましたが、何か勘違いをなさっているようですね」

 優しくて穏やかな、いつもの話し方じゃない。

「俺は、あなたの名誉に最低限の礼儀を払ったまでです。あなたは、俺の愛する女性(ひと)のお姉様ですから」

 正俊さんがそう告げた瞬間に、お姉ちゃんの表情が強張る。
 正俊さんは冷ややかな眼差しのまま微笑んだ。

「広瀬絢音さん……そして、」

 正俊さんの視線がお姉ちゃんの後方へと向けられる。

「広瀬芙美子さん。あなた方お二人に、話があります」

 お姉ちゃんの後ろに、薔薇色のルージュを引いた芙美子さんが立っていた。
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