なりそこないのシンデレラ ~エリート官僚と偽りの婚約!?~
 結城正俊さん。31歳。文部科学省 高等教育局 大学振興課の課長補佐。
 私の、偽物の婚約者。

 改めて思い返しても、信じられないような成り行きだ。いつものパンプスで歩く道のりが、何だかふわふわしているような気がする。

 あの後――朝のコーヒーをふたりで味わった後、結城さんは早々に仕事へと向かった。

「国会答弁の資料作成に入るので、もしかしたら、あまり帰れないかもしれません」

 だから、気兼ねなく部屋を使ってください――そんなことを言い置いて。

「わかりました。無理せず……お身体に気を付けてくださいね」

 私は、ありきたりな台詞で結城さんを送り出した。こういうとき、たとえば本当の婚約者だったら、何と声を掛けるものなのだろう。

 とりとめのないことを考えていたら、勤務先の東都大学図書館に着いた。ふわふわとした気持ちを切り替えて、早番の職員さんたちに挨拶をする。

 まずは、カウンターの奥の事務所で、返却された図書の整理をする。貸出カウンターが混み合えば、貸出手続きのヘルプに入る。何度目かのヘルプののち、返却図書の整理を続けていると、正規職員の佐々木さんに声を掛けられた。眼差しをピンクベージュのアイシャドウで彩った彼女は、小首を傾げながら言った。

「ビブリオバトルの件でミーティングだったんだけどさ、」

 その前置きに、少しだけどきっとした。
 ビブリオバトルは、副館長だった結城さんが、定期的な催し物として導入したものだからだ。
 それでも、仕事の話題だと意識を切り替えて、澄ました顔で「はい」と応じた。そうしたら、

「やっぱ結城さんが恋しいよねえ……」

 うっとりとした声音で佐々木さんがそんなことを言ったから、整理中の本を取り落としそうになった。

「そ……そう、ですね」

 ぎこちなく相槌を打つと、佐々木さんは悲痛そうな声で嘆く。

「山崎さんには何の文句ないんだけどさ、でもやっぱり、圧倒的イケメンエリートオーラを細胞に浴びたいじゃない!? はあ……私のオアシスだったのに……!」

 相槌を選びかねて、中途半端に口をひらいたまま戸惑っていると、佐々木さんは私に構わずにひとりごちる。

「今頃何してるんだろう……まあ、霞が関でバリバリ働いてるか……エリートだもんねえ」

 まさか――私と偽りの婚約中ですとは言えるわけがなく、曖昧な表情で応じる。

 と、結城さんの後任として副館長に昇任した山崎さん(朴訥なベテラン職員さんだ)が事務所に入ってきたので、佐々木さんはまずいという顔をして、仕事に戻っていった。

 図書の整理を再開しながら、改めて、嘘みたいな成り行きを思い返して戸惑う。

 きっと、たくさんの女性に憧れの眼差しを向けられるひと。
 そんなひとが、たとえ偽りでも、私を婚約者に選んだなんて。
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