なりそこないのシンデレラ ~エリート官僚と偽りの婚約!?~
 結城さんの運転で、マンションの地下駐車場を出た。私は緊張しながら助手席に座っていた。誰かが運転する車の助手席に座るのは、お父さんと一緒に暮らしていた頃以来だ。

 車内には、クラシックの音楽がかかっていた。バイオリンの伸びやかな音色が、BGMとして心地良い。

 ちょうど昨日図書館で開催された、ビブリオバトルの話をした。自分が導入したイベントが続いていることが嬉しいと言って、結城さんは穏やかに笑った。

 フロントガラスの向こうには、都心のビル群と青空が見える。晴れやかな風景が目に眩しい。冬の透明なきらめきを感じながらしばらく道を進んでゆくと、街の雰囲気に明治や大正時代の趣が交ざってくる。

 結城さんが車を停めたのは、老舗デパートの駐車場だった。デパートと言うよりも、百貨店と言ったほうがいいのかもしれない。駐車場を出て、横断歩道の向かい側に見えるのは、大正浪漫を思わせる重厚な西洋建築だ。

 思っていたより、ずっと緊張する場所だった。

 小さく息を呑む私を、結城さんが振り返る。

「行きましょうか」

「……はい」

 固い声で返事をして、結城さんの隣に並ぶ。横断歩道の信号待ちで、結城さんが丁寧に私を見た。

「広瀬さんが嫌でなければ、名前で呼んでも構いませんか?」

「えっ?」

「一応、婚約者として指輪を購入するので」

 控えめで、慎重な物言いだった。婚約者を演じるのならもっともな理由だと思ったし、嫌だと思う要素もなかった。

「そうですね、そっちのほうが自然ですよね!」

 だから、深く考えることもなくそう答えた。そうしたら、

「――真理菜さん」

 柔らかな声が私を呼んだ。

 行き交う車のエンジンノイズが、束の間遠ざかったような気がした。頬がにわかに熱くなって、不安定に眼差しが揺れた。

「俺のことも、名前で呼んでみていただけますか」

「は、い……」

 そっと息を吸ったあとに、くちびるをひらく。

「正俊さん」

 名前を呼んだら、結城さんが――正俊さんが口の端を持ち上げる。

 私の名前も彼の名前も、ただ、役割を演じるための台詞に過ぎない。
 だから、こんなふうに胸が高鳴るのは変なのだとわかっている。
 でも、信号が青に変わったら、正俊さんが私に手を差し出す。

「段差があります。気をつけて」

 まるで、お姫様をエスコートする王子様みたい。

 大きな手のひらに指先を重ねながら、気分が浮ついているのを自覚する。

 だって、まるで大切に愛されているみたいに――物語のヒロインになったみたいに、誰かに大切にされるのは久しぶりだから。
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