エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
「本当の婚約者なら?」

「……え、」

「本当の婚約者なら、受け取っていただけますか?」

 その問いかけに、咄嗟に答えることができなかった。本当の婚約者なら――? 私が彼の本当の婚約者なら、彼から当たり前のように最高級の指輪を受け取るのだろうか。

 あくまでも仮定の話として、その光景を想像してみようとした。だけど、私の薬指にぴかぴかの指輪を嵌める彼を描こうとしても、靄がかかったような曖昧な光景しか思い浮かべることができない。

 返答に窮していると、正俊さんは眼差しを俯けて笑った。

「すみません、今の質問は忘れてください。俺の今の収入だと、真理菜さんにはある程度の価格帯の指輪を身に着けていただかないと、婚約の信憑性が担保できません」

「……すみません、そこまで考えていませんでした」

 言いながら、正俊さんの袖をゆっくりと手離す。空っぽになった手をそっと握りしめながら、自分の浅慮を恥ずかしく思う。正俊さんには、年齢や立場に応じた正当な事情があるのに。

「いえ……」

 緩く首を横に振った正俊さんは、私に向き直って提案した。

「指輪は、期間限定でお預けするということでいかがでしょう」

 期間限定、と正俊さんの言葉をなぞると、彼は微笑んだまま続けた。

「俺たちの偽物の婚約が終わるまでの、期間限定で」

「は、はい……それなら、大切にお預かりいたします」

 おずおずと答えたら、

「交渉成立ですね」

 正俊さんが、少し悪戯っぽく笑う。どこかほっとする気持ちで頷けば、彼は私に手を差し出す。

「行きましょう、真理菜さん」

 私は偽物の婚約者だけど、ちゃんと本当の婚約者に見えるように。

 彼の手のひらに指先を重ねて、ジュエリーショップに靴先を踏み入れる。
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