エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
指輪は、サイズ調整に2週間かかるという話だった。私たちは、綺麗な封筒に入った引換証を貰ってお店を出た。そのあとは、デパートの新館に入っているレストランで食事をした。出かけてからマンションに戻るまで、世界がずっとキラキラと輝いていた。
だから、玄関先で脱いだ靴を揃えてから、「夢みたいでした」と思わず口にしてしまった。
「夢?」
首を傾げる正俊さんに、ぎこちなく頷く。
「綺麗な指輪を嵌めさせてもらって、素敵なレストランで美味しい食事をいただいて……まるで、お姫様になったみたいでした」
そこまで言ったところではっとして、咄嗟に取り繕うように苦笑した。
「すみません……私はただの半人前の司書で、特別なんかじゃないのに」
正俊さんが真顔になった。卑屈な物言いをしたから、困らせてしまったのだと思った。すみませんともう一度謝ったら余計に困らせてしまう気がして、何を言えばいいのかわからなくなった。
互いを窺うような間合いのあと、
「今日は、ありがとうございました!」
無理やり会話を終わらせて、リビングへ向かおうとした。
そうしたら、正俊さんに手首を掴まれた。
驚いて振り返ると、正俊さんはすぐに私を手離して、穏やかな声で言った。
「俺は上司として1年間、真理菜さんの働きぶりを見ていました」
そんな前置きをした正俊さんは、戸惑う私に対して、優しい微笑みを向ける。
「真理菜さんが行うレファレンスサービスは、いつも模範解答ではなくて、唯一無二の回答でした。ただ資料の検索を手伝うのではなく、利用者の困り事に寄り添う――図書館司書として、理想的な態度だったと思います」
思いも寄らない言葉をもらって、私はその場で固まった。
正俊さんは、穏やかな声で続ける。
「司書は本来、膨大な知識を必要とする専門職です。図書館というのも、世界の情報や文化を始めとしたあらゆる知識を蓄積し、国民の『知る権利』を守るかけがえのない機関。それなのに現状は、図書館に必ずしも司書を配置する必要はなく、司書として働く方たちの身分も非正規で不安定なことが多い。これは、国家の繁栄を維持しようとするならば、憂慮すべき事象であると認識しています」
淀みのない言葉に圧倒されていると、正俊さんは表情を真剣にする。
「真理菜さんは今、非常勤職員だけど、だから真理菜さんが半人前だとは俺は思いません」
これは、真理菜さんの元上司という立場だけでなく、文科省の職員としての意見でもあります――そんなふうに続ける正俊さんの面差しが、不明瞭ににじんでゆく。
図書館司書の、正規職員の募集は少ない。正規職員の募集は数年に1人という図書館も多く、正規の司書として働けるひとはほんの一握りだ。
だけど――そんな事情を言い訳にしてはいけないと思っていた。私が正規職員の司書になれないのは、私の能力が劣っているからだと自覚しないといけないのだと思っていた。
だから、玄関先で脱いだ靴を揃えてから、「夢みたいでした」と思わず口にしてしまった。
「夢?」
首を傾げる正俊さんに、ぎこちなく頷く。
「綺麗な指輪を嵌めさせてもらって、素敵なレストランで美味しい食事をいただいて……まるで、お姫様になったみたいでした」
そこまで言ったところではっとして、咄嗟に取り繕うように苦笑した。
「すみません……私はただの半人前の司書で、特別なんかじゃないのに」
正俊さんが真顔になった。卑屈な物言いをしたから、困らせてしまったのだと思った。すみませんともう一度謝ったら余計に困らせてしまう気がして、何を言えばいいのかわからなくなった。
互いを窺うような間合いのあと、
「今日は、ありがとうございました!」
無理やり会話を終わらせて、リビングへ向かおうとした。
そうしたら、正俊さんに手首を掴まれた。
驚いて振り返ると、正俊さんはすぐに私を手離して、穏やかな声で言った。
「俺は上司として1年間、真理菜さんの働きぶりを見ていました」
そんな前置きをした正俊さんは、戸惑う私に対して、優しい微笑みを向ける。
「真理菜さんが行うレファレンスサービスは、いつも模範解答ではなくて、唯一無二の回答でした。ただ資料の検索を手伝うのではなく、利用者の困り事に寄り添う――図書館司書として、理想的な態度だったと思います」
思いも寄らない言葉をもらって、私はその場で固まった。
正俊さんは、穏やかな声で続ける。
「司書は本来、膨大な知識を必要とする専門職です。図書館というのも、世界の情報や文化を始めとしたあらゆる知識を蓄積し、国民の『知る権利』を守るかけがえのない機関。それなのに現状は、図書館に必ずしも司書を配置する必要はなく、司書として働く方たちの身分も非正規で不安定なことが多い。これは、国家の繁栄を維持しようとするならば、憂慮すべき事象であると認識しています」
淀みのない言葉に圧倒されていると、正俊さんは表情を真剣にする。
「真理菜さんは今、非常勤職員だけど、だから真理菜さんが半人前だとは俺は思いません」
これは、真理菜さんの元上司という立場だけでなく、文科省の職員としての意見でもあります――そんなふうに続ける正俊さんの面差しが、不明瞭ににじんでゆく。
図書館司書の、正規職員の募集は少ない。正規職員の募集は数年に1人という図書館も多く、正規の司書として働けるひとはほんの一握りだ。
だけど――そんな事情を言い訳にしてはいけないと思っていた。私が正規職員の司書になれないのは、私の能力が劣っているからだと自覚しないといけないのだと思っていた。