エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
とん、と大きく一歩を踏み出した。軽やかな動きに伴って、髪がさらりと後ろになびく。
「正俊さんは、やっぱりすごいです」
くるりと彼を振り返って笑った。葉擦れを伝って落ちてくる、透き通った木漏れ日が眩しい。
ダンスのステップを踏むみたいにもう一度回って、前を向き直して、正俊さんの隣を歩く。
眩さに目を細めながら、驚くほど気軽に口をひらいた。
「私、子ども図書館の司書になりたいんです」
ずっと目指してきて――だけど、私なんかじゃなれるわけがないと諦めた夢。
これまでの失意が嘘みたいに、ごく当たり前みたいに、言葉にできた。
「都立子ども図書館……絵本の国?」
「はい」
正俊さんに向かって、笑顔のまま頷いた。きらめく風を感じながら、もう一歩ぶん靴先を進める。
「新卒の年に受からなくって、その次の年も駄目で……もうそれ以降はずっとお金の心配ばかりしていて、毎日を生きることだけで精一杯でした」
非常勤の司書として働きながら、テープ起こしの副業をしていた毎日。終わりのないトンネルみたいな真っ暗の日々で、もう一度頑張ろうと奮起するだけの気力はなかった。
「だけど……今年はまた、子ども図書館の採用試験を受けます」
絵本の国、という別名を持つ児童書専門の図書館。私が憧れ続けた夢の場所。
水色の空から降り注ぐ光に縁取られた、正俊さんの面差しは綺麗だ。
清々しい風をそっと吸い込んで、続ける。
「正俊さんみたいなすごいひとが隣にいてくれるなら、私だってもっと頑張らなきゃって思います」
笑顔のまま、そう言った。
そうしたら、私を見つめる正俊さんの瞳が揺らいだ。
木々の騒めきとともに、風が吹き抜ける。その刹那、光に縁取られた彼の面差しが、逆光の淡い影色だと気づく。
「……俺は、真っ当に恋をする勇気もない臆病者です」
「えっ?」
ざわざわと木々が騒いでいる。足元に降る木漏れ日が慌ただしく移ろい、世界の音が束の間遠ざかる。
余韻みたいな葉擦れの音を残して世界が凪いだとき、正俊さんはいつもと同じ顔で笑っていた。
「応援します。真理菜さんの夢がきっと叶うように」
「は……はいっ……!」
――聞き間違い、だった?
苦しげな言葉を聞いたと思ったのに、正俊さんの態度は完全にいつも通りだ。
ほんの一瞬、いつか聞いたぞんざいな声を思い出した。――俺の問題だ。おまえに心配されることじゃないよ。
正俊さんも、何かを抱えているのかもしれない。でも、正俊さんがいつも通りの態度でいる限り、私が何かを聞くことはできない。
だから、何の変哲もない日々を過ごした。あの日に覚えた焦燥感はだんだんと薄れてうやむやになった。
やがて指輪のサイズ調整が終わって――。
指輪をつけて、パーティーに参加する日がやってきた。
「正俊さんは、やっぱりすごいです」
くるりと彼を振り返って笑った。葉擦れを伝って落ちてくる、透き通った木漏れ日が眩しい。
ダンスのステップを踏むみたいにもう一度回って、前を向き直して、正俊さんの隣を歩く。
眩さに目を細めながら、驚くほど気軽に口をひらいた。
「私、子ども図書館の司書になりたいんです」
ずっと目指してきて――だけど、私なんかじゃなれるわけがないと諦めた夢。
これまでの失意が嘘みたいに、ごく当たり前みたいに、言葉にできた。
「都立子ども図書館……絵本の国?」
「はい」
正俊さんに向かって、笑顔のまま頷いた。きらめく風を感じながら、もう一歩ぶん靴先を進める。
「新卒の年に受からなくって、その次の年も駄目で……もうそれ以降はずっとお金の心配ばかりしていて、毎日を生きることだけで精一杯でした」
非常勤の司書として働きながら、テープ起こしの副業をしていた毎日。終わりのないトンネルみたいな真っ暗の日々で、もう一度頑張ろうと奮起するだけの気力はなかった。
「だけど……今年はまた、子ども図書館の採用試験を受けます」
絵本の国、という別名を持つ児童書専門の図書館。私が憧れ続けた夢の場所。
水色の空から降り注ぐ光に縁取られた、正俊さんの面差しは綺麗だ。
清々しい風をそっと吸い込んで、続ける。
「正俊さんみたいなすごいひとが隣にいてくれるなら、私だってもっと頑張らなきゃって思います」
笑顔のまま、そう言った。
そうしたら、私を見つめる正俊さんの瞳が揺らいだ。
木々の騒めきとともに、風が吹き抜ける。その刹那、光に縁取られた彼の面差しが、逆光の淡い影色だと気づく。
「……俺は、真っ当に恋をする勇気もない臆病者です」
「えっ?」
ざわざわと木々が騒いでいる。足元に降る木漏れ日が慌ただしく移ろい、世界の音が束の間遠ざかる。
余韻みたいな葉擦れの音を残して世界が凪いだとき、正俊さんはいつもと同じ顔で笑っていた。
「応援します。真理菜さんの夢がきっと叶うように」
「は……はいっ……!」
――聞き間違い、だった?
苦しげな言葉を聞いたと思ったのに、正俊さんの態度は完全にいつも通りだ。
ほんの一瞬、いつか聞いたぞんざいな声を思い出した。――俺の問題だ。おまえに心配されることじゃないよ。
正俊さんも、何かを抱えているのかもしれない。でも、正俊さんがいつも通りの態度でいる限り、私が何かを聞くことはできない。
だから、何の変哲もない日々を過ごした。あの日に覚えた焦燥感はだんだんと薄れてうやむやになった。
やがて指輪のサイズ調整が終わって――。
指輪をつけて、パーティーに参加する日がやってきた。