エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
 正俊さんは私の肩に手を添えた。そうして、

「大丈夫ですから」

 優しい声で囁いて、私を壁際のソファへ促す。彼が私に寄り添う光景は、きっと、理想的な恋人同士の姿に見えるのだろう。

 だけど、柔らかなソファに腰掛けて、正俊さんの手が肩から離れて、事務次官の方へ向かう彼を見やりながら、胸の内側に不安が満ちてゆく。

 ――結城は何も話していないんですね。あなたは婚約者なのに。

 ――先輩が愛しているのは真理菜さん。父だって、本当はわかっているのよ。

 丁寧な声と優しい声が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って頭の中で響いている。

 本当の私は、正俊さんの婚約者として釣り合う相手じゃない。それを丁寧に突きつけられた。だから、優しい言葉がどうしようもなく後ろめたかった。

 正俊さんにも、婚約者として大切に扱われるほど苦しくなる。

 だって、私は本物じゃないのに。

 目を伏せて、ぎゅっとくちびるを結んだ。

 腕時計の盤面のガラスの透明感と、シャンパンの泡が弾けるときの繊細なきらめき。
 キラキラした世界から、私だけひとり取り残されている。
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