エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~

「――ガレットも食べたいし、本場のマカロンも。お酒はあんまり強くないんですけど、ワインも飲んでみたいです」

「美食の旅ですね、素敵だ」

 正俊さんが眼差しを和らげる。その言葉に他意はないとわかったけれど、食欲旺盛だと思われたかなと恥ずかしくなる。

「あとは、その……文化も。ヴェルサイユ宮殿や美術館……オルセー美術館には、印象派の絵画がたくさん所蔵されているから行ってみたいんです。それに、『シンデレラ』や『美女と野獣』のシャルル・ペローもフランスの詩人です」

 食べ物じゃない理由も付け加えてみた。でも、何か今さら感がある?

 決まりが悪くなったから、「休憩終わります!」と宣言してノートに向かう。

 入浴を済ませて、就寝までの夜の時間。パジャマ姿の正俊さんは、ソファに座ってタブレットを扱っている。同じくパジャマで、床に座ってローテーブルに向かう私は、公務員採用試験――都立子ども図書館の採用試験のための勉強中だ。

 試験科目にある適性検査の過去問題に取り組んでいるのだけれど、これがなかなか難しい。

 今解いているのは『場合の数』で、まず『順列』か『組み合わせ』かを見分けなければいけない。『順列』は選んで並べる。『組み合わせ』は選ぶだけ。それなら、『会長、副会長、書記を選ぶ』は組み合わせ……?

 高校の数学で習ったのに、もうほとんど覚えていない。むうと口を曲げたら、正俊さんが小さく吹き出した。

「……すみません。可愛らしい表情をしてたから」

「え……っ」

 ――恥ずかしい! と顔を伏せる。きっと、問題を睨みながら百面相をしていたのだ。

「この問題が難しくて……」

 言い訳をしてみるけれど、正俊さんは微笑んだままだ。いったい、私はどんな顔をしていたんだろう。

「続き、やりますっ」

 頬の熱を感じながらノートに向き直ると、ソファに座っていた正俊さんが立ち上がった。そのまま、膝を折って私の隣に座る。

「どこでお困りですか?」

「えっ?」

「解説できるかもしれません」

 十年前にはなりますが、公務員試験を受けたので――穏やかな表情で続ける彼を、はっとして見やる。

 文部科学省の官僚さん。つまり、国家公務員。

「そっか、大先輩ですよね……!」

「経歴だけは」

 さらりと応じた正俊さんは、問題集を覗き込む。

「非言語の……場合の数?」

「はい。順列と組み合わせを上手く見分けられなくて……」

 流れに乗ってうっかりと答えてから、あっと慌てる。

「でも正俊さん、お仕事でお疲れですよね!? 私の勉強に付き合ってもらうなんて申し訳ないです」

 そう言って恐縮したら、彼は優しい眼差しで笑った。

 ふっ、と世界の肌触りが和らぐ。

「疲れていないことはないけど、どのみちまだ起きています。真理菜さんのお役に立てたら嬉しいです」

 笑みの名残の優しい息遣いが、私のすぐ隣でふるえる。
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