エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
構内のカフェに行くつもりだったけれど、学部棟に併設されている売店でおにぎりを買って図書館に戻った。神楽坂さんが間違いなく正門の方へ向かったのは見送ったものの、何となく不安で、関係者以外の立ち入りがない場所で休みたかった。
図書館職員用の休憩室に向かっている途中、事務所の前を通ると、佐々木さんと行き合った。私と目が合った彼女は、「あ!」と声を上げる。
「行き違いだ〜! さっき樋口さんって子が、広瀬さんいますかってカウンターに来たの」
ひぐちさん……と少し考えてから、あ、と思い出す。前に、私がレファレンスの対応をした学生さんだ。ビブリオバトル用の本を探していた、英文科の、イギリスのファンタジーが好きな学生さん。
「前に本のお探しを手伝ったんですけど……私にご用ですか? 何だろう……」
斜め上に視線を投げて考えるけれど、特に思い当たることがない。でも、「また来るって言ってたよ」と佐々木さんが教えてくれたので、いずれ用件はわかるはずだ。
教えてくれた佐々木さんにお礼を言って、休憩室へ向かった。遅めの休憩だから、室内には他に誰もいない。
ウォーターサーバーで紙コップに水を汲んでから、長テーブルの端っこの椅子に腰掛ける。一息をついて、おにぎりのフィルムを剥がす。一口、おにぎりを食べながら、つい10分程前の出来事に意識が引きずられる。
あなたに一目惚れをしました、と神楽坂さんは言った。でも、彼が告げた恋は本当じゃない気がする。
丁寧で友好的な態度。紳士的な口調。でも、どこか冷たい眼差しをしている。神楽坂さんの目的はいったい何?
胸の内に澱む不安がだんだん色濃くなってきて、堪らず瞳を揺らしたら、ブブッと軽い振動があった。
隣の椅子に置いていたバッグの中、スマホのバイブレーション。口の中のおにぎりを飲み込んでから、スマホを取り出した。ポップアップが表示していたのは、正俊さんの名前だった。
彼の名前を目にした途端に、画面に触れる指先が暖かくなったような感覚がある。メッセージアプリをひらくと――『諸事情があって、出張がもう一日延びました』。
まるで、乱高下の気流みたい。
刹那上向いた心が、ずしんと重たく沈んでゆく。
正俊さんの出張は本来明日までの予定だったから、明後日までは彼に会えない。
図書館職員用の休憩室に向かっている途中、事務所の前を通ると、佐々木さんと行き合った。私と目が合った彼女は、「あ!」と声を上げる。
「行き違いだ〜! さっき樋口さんって子が、広瀬さんいますかってカウンターに来たの」
ひぐちさん……と少し考えてから、あ、と思い出す。前に、私がレファレンスの対応をした学生さんだ。ビブリオバトル用の本を探していた、英文科の、イギリスのファンタジーが好きな学生さん。
「前に本のお探しを手伝ったんですけど……私にご用ですか? 何だろう……」
斜め上に視線を投げて考えるけれど、特に思い当たることがない。でも、「また来るって言ってたよ」と佐々木さんが教えてくれたので、いずれ用件はわかるはずだ。
教えてくれた佐々木さんにお礼を言って、休憩室へ向かった。遅めの休憩だから、室内には他に誰もいない。
ウォーターサーバーで紙コップに水を汲んでから、長テーブルの端っこの椅子に腰掛ける。一息をついて、おにぎりのフィルムを剥がす。一口、おにぎりを食べながら、つい10分程前の出来事に意識が引きずられる。
あなたに一目惚れをしました、と神楽坂さんは言った。でも、彼が告げた恋は本当じゃない気がする。
丁寧で友好的な態度。紳士的な口調。でも、どこか冷たい眼差しをしている。神楽坂さんの目的はいったい何?
胸の内に澱む不安がだんだん色濃くなってきて、堪らず瞳を揺らしたら、ブブッと軽い振動があった。
隣の椅子に置いていたバッグの中、スマホのバイブレーション。口の中のおにぎりを飲み込んでから、スマホを取り出した。ポップアップが表示していたのは、正俊さんの名前だった。
彼の名前を目にした途端に、画面に触れる指先が暖かくなったような感覚がある。メッセージアプリをひらくと――『諸事情があって、出張がもう一日延びました』。
まるで、乱高下の気流みたい。
刹那上向いた心が、ずしんと重たく沈んでゆく。
正俊さんの出張は本来明日までの予定だったから、明後日までは彼に会えない。