なりそこないのシンデレラ ~エリート官僚と偽りの婚約!?~
「僕はもうあなたの上司ではないから、けっして強制することはできないけど」

 まばたきひとつぶんの間合いを置いて、結城さんが続ける。

「少し休んだほうがいい。事情があるのは理解するけど、もう少し、広瀬さん自身を大切にして」

 その声音は、ずっと昔に失くしてしまった、お父さんの声音に似ていた。
 私よりたったいくつか年上の結城さんの声が、そのままお父さんに似ていたわけじゃない。
 声の質も、低さも、柔らかさも、本当は全然違うけれど。

 でも――誰かが誰かを、無償の優しさで慈しむ声。

 突然に、泣きたい気持ちになった。
 だけど、泣いたって世界が変わらないことは、もう十分すぎるほどにわかっていた。

「お心遣いをいただきまして、ありがとうございます」

 涙を流す代わりに、精一杯に笑った。

「でも、……働かないわけにはいかなくて。私は非常勤だから、休んだらお給料がなくなります」

 そう言った途端、結城さんがわずかに目を見ひらいた。
 まばたきふたつ、緩やかな間合い。

 存外に柔らかな沈黙のちに、結城さんが口をひらく。

「副業をしないとお金が足りない――それはどうして?」

「それは、……その、」

 言い淀む私へ、結城さんが眼差しを向ける。

 僕はもうあなたの上司ではない――そう言われたばかりなのに、透き通った水晶を思わせるような結城さんの面差しには、有無を言わせないような鋭さがあって。

「……奨学金の返済が、300万以上残ってるんです」

 弱々しい口調で、理由を打ち明ける。

「それに、4月にはアパートの更新費用を払わないといけなくて」

 だから、図書館のお給料だけじゃ足りなくて――やるせなさと情けなさでいっぱいになりながら、そう続けた。

 ぎゅ、と白いシーツを握りしめた。そのまま、俯こうとしたけれど。
 俯こうとした私の眼差しを捉えて、結城さんが告げた。

「わかりました。それなら、こういうのはいかがでしょう」

 椅子から立ち上がった結城さんが、私との距離を詰める。

「奨学金の返済分、全額を僕が引き受けます」

 私のくちびるからこぼれた、戸惑いの息の音が消えないうちに、結城さんは続けた。

「その代わり、僕と婚約してください」
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