エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
重たい沈黙を紛らわせるように、カフェオレを飲んだ。神楽坂さんは、最初から最後まで美しい姿勢で紅茶を飲んだ。
「ご一緒できたこと、光栄でした」
カップを置いて微笑んだ彼は、流れるような仕草で伝票を取って、カードと一緒に店員さんへ渡した。
「私のぶんを……」
財布を出そうとしたら、軽く手を上げて制される。
「俺がお誘いしたので。……少々、強引な方法で」
神楽坂さんは冗談めかして笑ったけれど、強引な方法というのは冗談ではないので、私の反応は微妙なものになる。
だけど多分、彼はそれを当然想定していて――彼の振る舞いすべてが、私たちの会話の主導権を握るためのものだ。
きっと私は、彼が書いた脚本通りの反応をしたにすぎない。
「出ましょうか」
神楽坂さんがスマホを持って立ち上がる。私も荷物を持って立ち上がった。
からんからん、とドアのところで入退店のベルが鳴る。街は昼下がりの色合いをしていて、行き交う人々にも車にも、どことなく余裕めいた雰囲気がある。
「結城との待ち合わせは、あちらのビルでしたね」
神楽坂さんは、当たり前のように私の前を歩いた。私の半歩先を行くようにして横断歩道を渡った彼に、「あの」と切り出す。
「ヘアピンを返してください」
石畳の広い歩道で私を振り返った彼は、「そうでしたね」と逆光の影色の中で微笑む。
彼は、胸の内ポケットからヘアピンを取り出した。彼の手の中で、青のビーズがきらりと輝く。
受け取ろうと手を出したら、
「――失礼」
彼は上体を屈めて、左手で私のこめかみに触れた。そうして、ヘアピンを持った右手をシニヨンへ伸ばして――そのまま、うなじを掴まれて上を向かされた。
私は目を見ひらいて抵抗した。彼の胸を両手で突っぱねようとした。だけど、男性の力で容易くいなされて、そのまま視界に彼の影が落ちる。
「……っ!」
ぎゅっと目を瞑って顔を背けた。彼の息遣いが頬に触れて、もう駄目だと観念した。けれど――私が危惧した展開にはならなかった。
その代わりに、
「俺を見て。結城よりも、偽りなく愛します」
耳元で囁かれて、強く抱きしめられた。は、と息を呑んで目をひらいたら、透き通った青空と白い雲が眼差しの先にあった。
指先が強張る。呼吸が上擦る。知らない匂いが私に絡みつく。
時間の流れが、失われたような束の間。
彼が私を手離した瞬間、我に返った心地で一歩後ずさった。視線を揺らめかせて、はあ、と大きく息を吐き出したそのとき、
「……真理菜、さん」
横断歩道を渡り切ったばかりの場所で、息を切らして立ち尽くしている正俊さんと目が合った。
「ご一緒できたこと、光栄でした」
カップを置いて微笑んだ彼は、流れるような仕草で伝票を取って、カードと一緒に店員さんへ渡した。
「私のぶんを……」
財布を出そうとしたら、軽く手を上げて制される。
「俺がお誘いしたので。……少々、強引な方法で」
神楽坂さんは冗談めかして笑ったけれど、強引な方法というのは冗談ではないので、私の反応は微妙なものになる。
だけど多分、彼はそれを当然想定していて――彼の振る舞いすべてが、私たちの会話の主導権を握るためのものだ。
きっと私は、彼が書いた脚本通りの反応をしたにすぎない。
「出ましょうか」
神楽坂さんがスマホを持って立ち上がる。私も荷物を持って立ち上がった。
からんからん、とドアのところで入退店のベルが鳴る。街は昼下がりの色合いをしていて、行き交う人々にも車にも、どことなく余裕めいた雰囲気がある。
「結城との待ち合わせは、あちらのビルでしたね」
神楽坂さんは、当たり前のように私の前を歩いた。私の半歩先を行くようにして横断歩道を渡った彼に、「あの」と切り出す。
「ヘアピンを返してください」
石畳の広い歩道で私を振り返った彼は、「そうでしたね」と逆光の影色の中で微笑む。
彼は、胸の内ポケットからヘアピンを取り出した。彼の手の中で、青のビーズがきらりと輝く。
受け取ろうと手を出したら、
「――失礼」
彼は上体を屈めて、左手で私のこめかみに触れた。そうして、ヘアピンを持った右手をシニヨンへ伸ばして――そのまま、うなじを掴まれて上を向かされた。
私は目を見ひらいて抵抗した。彼の胸を両手で突っぱねようとした。だけど、男性の力で容易くいなされて、そのまま視界に彼の影が落ちる。
「……っ!」
ぎゅっと目を瞑って顔を背けた。彼の息遣いが頬に触れて、もう駄目だと観念した。けれど――私が危惧した展開にはならなかった。
その代わりに、
「俺を見て。結城よりも、偽りなく愛します」
耳元で囁かれて、強く抱きしめられた。は、と息を呑んで目をひらいたら、透き通った青空と白い雲が眼差しの先にあった。
指先が強張る。呼吸が上擦る。知らない匂いが私に絡みつく。
時間の流れが、失われたような束の間。
彼が私を手離した瞬間、我に返った心地で一歩後ずさった。視線を揺らめかせて、はあ、と大きく息を吐き出したそのとき、
「……真理菜、さん」
横断歩道を渡り切ったばかりの場所で、息を切らして立ち尽くしている正俊さんと目が合った。