エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
 夕食を一緒に作った。かちゃかちゃと鳴る調理器具の音。ふわりと立ち上る湯気の優しい色合い。彼と和やかにお喋りをしながら、ロールキャベツと、きのこのオムレツを作った。

 お皿に盛り付けて、ダイニングテーブルに運んだら、向かい合って「いただきます」をする。
 せっかく手の込んだ料理を作ったから、お箸じゃなくてカトラリーセットを用意した。

「正俊さんって、苦手な食べ物はないんですよね?」

「そうですね。基本的には何でも食べられます」

 美しい手つきでナイフとフォークを使いながら、正俊さんが答えた。オムレツを切り分けたあと、彼はちょっとだけ悪戯な表情をする。

「真理菜さんは、酸っぱい味が苦手ですよね」

「……ばれてました?」

 少し肩をすくめて苦笑いをする。酸っぱい味が苦手なんて、子供っぽい気がしていつも恥ずかしい。

「真理菜さんが作るマリネは、甘めの味付けだから。トマトスープも、コンソメの味を効かせてますよね」

「その通りです……! 正俊さんのお口に合ってなかったらごめんなさい」

 的確に見抜かれていたことへの決まり悪さも相まって、私はもっと肩をすくめる。

 だけど、正俊さんは大らかに笑った。

「とんでもない。真理菜さんの好きな味を知れて嬉しいです」

「それなら、よかったです……」

 俯きながらそう言って、おずおずとオムレツを切り分ける。フォークとナイフが使えないわけじゃないけれど、正俊さんほど綺麗には動かせない。

 オムレツをひとくち食べてから、何の気なしに言った。

「私、本当はトマトに砂糖をかけるんです」

 正俊さんなら、そうなんですねとあっさり受け入れてくれるかと思ったけれど、さすがにぎょっとされてしまった。

「さっ……塩じゃなくて?」

「砂糖です……! 大丈夫です、正俊さんのトマトにはかけません!」

 慌てて付け加えると、きっと無意識に、彼はほっとしたような顔をした。

「でも……トマトに砂糖が変わってるのはわかってるんですけど、私は美味しいと思ってて。昔はトマトが苦手で全然食べられなかったのに、あるとき砂糖をかけてみたら、食べられたんです!」

 言い切ってから、――あれっ、これって何の話だっけ? と自分で首を傾げる。
 話を聞く態勢の正俊さんと、ぱちり、と目を見合わせたあと、

「……昔は、トマトが苦手だったって話でした」

 無理やり話をまとめた。正俊さんがしっかり話を聞こうとしてくれていたぶん、気まずくてしょうがない。
 私は眼差しを俯けたけれど、正俊さんがふっと笑った。

「砂糖で、トマトを克服できたんですね」

「……は、はい。砂糖がかかってなくても、今はちゃんと食べられます」

「でも今も、砂糖をかけたほうが好き?」

「好きです……」

 正直に白状すると、正俊さんは表情を柔らかくした。

「それなら、俺も今度食べてみようかな」

「えっ!? 無理しないでください、私に合わせる必要なんて全然……!」

 今度は私がぎょっとするけれど、正俊さんは優しく微笑んだまま言った。

「無理してるわけじゃなくて……真理菜さんが好きなものをもっと知れたら、嬉しいと思って」

 照れるわけでもなく、正俊さんはそう言った。
 私は思わず黙り込む。私の好きなものを知りたい、とまるで当たり前のように言ってもらえるのが照れくさくて――嬉しい。

「じゃあ……、今度トマトを買ったときに一緒に食べましょう」

「うん。楽しみにしてます」

 ごく当たり前みたいに、正俊さんの相槌が変わった。口調が完全に砕けたわけではないけれど、きっとこれも、関係が変わった証だ。

「正俊さんのことも、もっと知りたいです」

 私がぎこちない声でそう言うと、彼は少しだけ目を見ひらいたあとに、「嬉しいです」と穏やかに笑った。
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