エリート官僚と偽りの婚約 ~魔法が解けるまで、あなたと仮初の恋をします~
彼と一緒に食器を洗った。そのあとで、交代でお風呂に入った。今夜も少しだけ勉強を見てもらって、就寝の時間になったところで、穏やかな夜が不意に様相を変えた。
きっかけは、正俊さんが眉間を軽く押さえたことだった。大丈夫ですかと尋ねた私に、正俊さんは笑いながら答えた。――最近肩が凝ってて。そのせいで、少しだけ頭が重いんです。
それを聞いた私は咄嗟に言った。
「それなら、ベッドで寝たほうが……。二人でも十分寝られる広さだし」
何の気なしの発言だった。
だけど、正俊さんが目を瞠ったから、自分の発言が重大な他意を含みかねないものであることに気づく。
「あっ、……その、」
私は眼差しを揺らしてうろたえた。正俊さんも戸惑った顔をしていた。私が始めた会話なのだから何とかしなきゃと焦って、よく考えないまま口をひらいた。
「もう偽物じゃないし、一緒に寝ても変じゃないかなって思って……私がずっとベッドを使わせてもらうのも申し訳なくてっ」
言葉を重ねれば重ねる程、深みに嵌っている気がして困窮する。
「だから……、ええと」
言葉を続けられなくなって途方に暮れたところで、正俊さんの眼差しが私を見た。
「真理菜さん」
ただ、名前を呼ばれただけだった。それなのに、夜の様相がたちまちに変わった。
彼は一歩、私との距離を詰めた。
そうして、いつもより少し低い声で囁く。
「夜を共にしてくださいますか?」
あ、と私は息を取り落とした。重なった視線の先で、彼の瞳が熱を宿している。
同じ言葉を前にも言われた。私がこのマンションにやってきた日のことだった。
私たちの偽物の婚約が始まったあの夜は冗談だった。でも、今夜は?
私たちが、本当の恋人になった今夜は?
正俊さんの瞳を見つめたまま、私は言葉を何も返せなかった。お腹の前で握りしめた両方の手が微かにふるえて、様々な感情で頭がぐちゃぐちゃになる。
違う、嫌なわけじゃない。正俊さんなら、私は。でも。
感情が全然まとまらなくて、ぎゅっと眉根を寄せたとき、正俊さんがこちらへ手を伸ばした。びく、と思わず肩を跳ねさせた。そんな私を安心させるように、彼は優しい手つきで私の髪を梳いた。
そうして、上体を屈めて私の額にそっとキスをする。
「一緒に、ベッドを使わせてもらいますね」
穏やかで優しい声で、彼は続けた。
「真理菜さんが怖いと思うことは絶対にしません。だから、あなたのお心遣いを受け取っても構いませんか?」
その確認には、「はい」と頷いた。その瞬間、身体から一気に力が抜けた。その代わりのように、ほっとする気持ちや申し訳なさが押し寄せてくる。
正俊さんが寝室の扉をあける。深く息を吸ってから、彼の背中に声を掛ける。
「正俊さん、あの……っ!」
こちらを振り返った彼の目を見て、続ける。
「ちゃんと……心の準備ができたら、正俊さんと一緒に、ちゃんと夜を過ごしたいです」
私の言葉はひどく曖昧だったけれど、正俊さんに意味は伝わった。
「急かすつもりはありませんから。真理菜さんのペースで構いません」
最後まで優しい言葉をもらって、その夜、私たちは同じ温度の中で眠った。
きっかけは、正俊さんが眉間を軽く押さえたことだった。大丈夫ですかと尋ねた私に、正俊さんは笑いながら答えた。――最近肩が凝ってて。そのせいで、少しだけ頭が重いんです。
それを聞いた私は咄嗟に言った。
「それなら、ベッドで寝たほうが……。二人でも十分寝られる広さだし」
何の気なしの発言だった。
だけど、正俊さんが目を瞠ったから、自分の発言が重大な他意を含みかねないものであることに気づく。
「あっ、……その、」
私は眼差しを揺らしてうろたえた。正俊さんも戸惑った顔をしていた。私が始めた会話なのだから何とかしなきゃと焦って、よく考えないまま口をひらいた。
「もう偽物じゃないし、一緒に寝ても変じゃないかなって思って……私がずっとベッドを使わせてもらうのも申し訳なくてっ」
言葉を重ねれば重ねる程、深みに嵌っている気がして困窮する。
「だから……、ええと」
言葉を続けられなくなって途方に暮れたところで、正俊さんの眼差しが私を見た。
「真理菜さん」
ただ、名前を呼ばれただけだった。それなのに、夜の様相がたちまちに変わった。
彼は一歩、私との距離を詰めた。
そうして、いつもより少し低い声で囁く。
「夜を共にしてくださいますか?」
あ、と私は息を取り落とした。重なった視線の先で、彼の瞳が熱を宿している。
同じ言葉を前にも言われた。私がこのマンションにやってきた日のことだった。
私たちの偽物の婚約が始まったあの夜は冗談だった。でも、今夜は?
私たちが、本当の恋人になった今夜は?
正俊さんの瞳を見つめたまま、私は言葉を何も返せなかった。お腹の前で握りしめた両方の手が微かにふるえて、様々な感情で頭がぐちゃぐちゃになる。
違う、嫌なわけじゃない。正俊さんなら、私は。でも。
感情が全然まとまらなくて、ぎゅっと眉根を寄せたとき、正俊さんがこちらへ手を伸ばした。びく、と思わず肩を跳ねさせた。そんな私を安心させるように、彼は優しい手つきで私の髪を梳いた。
そうして、上体を屈めて私の額にそっとキスをする。
「一緒に、ベッドを使わせてもらいますね」
穏やかで優しい声で、彼は続けた。
「真理菜さんが怖いと思うことは絶対にしません。だから、あなたのお心遣いを受け取っても構いませんか?」
その確認には、「はい」と頷いた。その瞬間、身体から一気に力が抜けた。その代わりのように、ほっとする気持ちや申し訳なさが押し寄せてくる。
正俊さんが寝室の扉をあける。深く息を吸ってから、彼の背中に声を掛ける。
「正俊さん、あの……っ!」
こちらを振り返った彼の目を見て、続ける。
「ちゃんと……心の準備ができたら、正俊さんと一緒に、ちゃんと夜を過ごしたいです」
私の言葉はひどく曖昧だったけれど、正俊さんに意味は伝わった。
「急かすつもりはありませんから。真理菜さんのペースで構いません」
最後まで優しい言葉をもらって、その夜、私たちは同じ温度の中で眠った。