十年越しの初恋は、永遠の誓いへ
第十五章 噂の真実
「必要以上に親しくするな」
蓮に突き放され、心はずっとざわついていた。
あの苛立ちの視線の奥にあるのは、ただの上司としての責任?
それとも――。
答えを探すように、私は無意識に周囲の声に耳を傾けていた。
数日後の昼休み。
休憩室の片隅で、同僚たちの噂話が耳に届いた。
「藤堂部長って、昔婚約してたんだって」
「えっ、そうなの?」
「相手は有名企業のお嬢様だったらしいよ。でも、急に破談になったとか」
心臓が大きく跳ねる。
――婚約。破談。
それが、十年前の「別れ」の理由……?
「でも、彼女の方から別れを切り出したんだって」
「そうそう。藤堂部長、ずいぶんショックだったみたい」
「それ以来、誰とも真剣に付き合わないって噂だよ」
……違う。
十年前、私に「もう会わない」と言ったのは彼の方だった。
もし噂が本当なら――私は誤解を抱いたまま、ずっと彼を憎んでいたの?
午後の仕事に集中できなかった。
胸の奥で渦巻く不安を抱えたまま残業していると、不意に声がした。
「……西園寺」
顔を上げると、蓮が立っていた。
「遅くまで残るなと言っただろう」
冷たい声。けれど、その目の奥は苦しそうに揺れていた。
「部長……噂、本当なんですか」
勇気を振り絞って問いかける。
沈黙。
長い沈黙のあと、彼は低く呟いた。
「……ああ。十年前、婚約していた」
胸が締めつけられる。
やはり、噂は真実だった。
「じゃあ……どうして、私に何も言わなかったんですか」
声が震える。
「突然別れを告げられて、私は……ずっと……」
涙がこみ上げ、言葉にならなかった。
彼はゆっくりと視線を落とし、拳を握りしめる。
「……言えるはずがなかった」
「どういう意味ですか」
「……あの頃の俺には、君を守る資格がなかった」
掠れた声。
――資格がなかった?
その言葉の真意を問おうとした瞬間、彼は背を向けた。
「これ以上は話せない。……忘れろ」
去っていく背中を、私はただ見つめるしかなかった。
噂は真実だった。
けれど、それだけではない。
彼が抱えている「言えない理由」が、確かに存在する――。
「忘れろ」なんて無理だ。
十年前からずっと、彼は私の中で消えない存在なのだから。