十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第十七章 すれ違う想い

 「……これ以上、近づいちゃいけない」
 そう心に決めてから、一週間。
 私はできる限り藤堂部長との接触を避けてきた。
 報告も最低限。視線も合わせない。
 そのたびに、胸の奥が軋んだけれど、それしか方法がなかった。



 しかし――仕事は容赦なく、彼と私を同じ場所に立たせる。

 大口取引先とのプレゼンの日。
 会議室で隣に並んだ瞬間、緊張で手が震えた。
 彼は横顔ひとつ動かさず、冷静に資料をめくる。

 「西園寺、説明を」
 短く告げられ、立ち上がった。

 何度も練習した言葉なのに、喉がからからに乾いて、思うように声が出ない。



 そのとき、不意に彼の手が伸び、資料をそっと押さえてくれた。
 「落ち着け」
 小さな声で囁かれる。
 聞こえたのは私だけ。

 心臓が大きく跳ねる。
 ――近づかないって決めたのに。
 どうして、こんなときに支えてくれるの。



 プレゼンは何とか終わり、拍手に包まれた。
 ホッとしたのも束の間、背後から聞こえた同僚たちの声が耳に刺さる。

 「やっぱり部長と特別なんじゃない?」
 「西園寺さん、あんなふうにフォローしてもらえるなんて」

 心が痛む。
 私は彼を避けているだけなのに、また噂になってしまう。



 帰り際、エレベーターで二人きりになった。
 沈黙が重くのしかかる。
 「……部長」
 思わず声を出したが、続く言葉が見つからない。

 彼はしばらく黙っていた。
 やがて、小さく吐き捨てるように言った。
 「……そんなに俺を避けたいか」

 「っ……」
 胸が締めつけられる。



 「違います……避けたいわけじゃ……」
 必死に言葉を探すが、声は震えていた。

 彼は眉をひそめ、苦しげに視線を逸らした。
 「なら、どうしてそんな顔をする」

 答えられない。
 答えれば、心が壊れてしまいそうで。

 エレベーターの扉が開く音が、重苦しい空気を断ち切った。
 私は逃げるように飛び出した。



 背後から、彼の低い声が追いかけてくる。
 「西園寺……!」

 振り返る勇気はなかった。
 ただ胸の奥で、何度も彼の名を叫んでいた。

 ――すれ違う想い。
 互いに求めているのに、どうして言葉が届かないのだろう。
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