十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第二十二章 資格がない理由

 「……資格がない」
 彼がそう言った瞬間、時間が止まったように感じた。

 資格?
 それは何を意味するの――。

 「部長……どうして、そんなことを……」
 涙で霞む視界の中、必死に問いかける。



 彼は机の端に手を置き、深く息を吐いた。
 「俺は……十年前、婚約していた」
 「……知ってます。噂で聞きました」
 声が震える。

 「だが、本当は――」
 言いかけて、彼は言葉を飲み込むように唇を噛んだ。
 沈黙のあと、かすかに掠れた声が零れる。

 「……君を守れなかった。あの頃も、そして今も」



 「守れなかった……?」
 聞き返す私を見て、彼はわずかに視線を揺らした。

 「俺が婚約をしていたことで、君が……陰で何を言われていたか、知っている」
 「え……」
 胸が締めつけられる。

 十年前、私が理由も告げられずに捨てられたと思っていたあの日。
 その裏で、彼は私が噂や影口に晒されていたことを知っていた――?



 「俺は結局、君を傷つけた」
 低い声が胸に突き刺さる。
 「だから、また同じことを繰り返すわけにはいかない。……俺には、君を愛する資格なんてない」

 「違います……!」
 抑えきれずに声をあげた。
 「傷ついたのは、理由を言ってくれなかったからです。捨てられたと思ったから……!」

 涙が頬を伝い落ちる。



 沈黙の中、扉がノックもなく開いた。
 「……まだ残ってたんだ」
 佐伯が姿を現し、私の泣き顔を見て眉をひそめた。

 「西園寺さん……辛いなら、無理にここにいなくてもいい」
 彼は迷わず私の肩に手を置く。
 温かい掌が、張りつめていた心を少し緩めた。

 蓮の瞳が、その瞬間かすかに揺れる。
 苛立ちにも似た影を宿した視線。



 「……俺には資格がない」
 再び繰り返されたその言葉が、鋭く胸を裂いた。

 佐伯の支えと、蓮の拒絶。
 二人の狭間で、私の心は深く揺れていた。

 「資格がないのなら……私が、それを与えます」
 かすかに震える声で呟いたその言葉は、彼に届いただろうか。



 けれど彼は、答えを返さずに背を向けた。
 「……これ以上は話せない」
 その背中は、十年前と同じように遠い。

 ――資格がない理由。
 その真実はまだ、すべて明かされてはいなかった。
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