十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第二十一章 抑えきれない想い

 噂に囲まれ、孤立が決定的になった日々。
 同僚の視線は冷たく、私の席の周りには小さな空白ができていた。
 ――居場所なんて、どこにもない。

 そんなとき、そっと声をかけてくれるのは佐伯だけだった。
 「西園寺さん、今日は外でランチしない? 空気変えたほうがいい」
 差し出された笑顔に、胸が熱くなる。
 けれど私は小さく首を振った。
 「……ありがとう。でも大丈夫」

 本当は大丈夫なんかじゃない。
 でも、彼の優しさに縋ったら、自分が壊れてしまいそうで――。



 夜。
 残業で残ったオフィスに、私と藤堂部長だけがいた。
 机に向かって資料を整理する彼の姿を見た瞬間、心の奥に押し込めていた想いが堰を切ったように溢れ出した。

 「部長」
 声が震える。

 「……何だ」
 冷たい声。けれど、その響きに胸が痛む。



 「どうして、何も言ってくれないんですか」
 涙が滲む。
 「噂が広がって、私がどんなふうに見られているか……わかってるくせに」

 彼は目を伏せ、答えを飲み込んだまま沈黙する。

 「部長は突き放すのに、ときどき優しい……そんなふうにされたら、もう抑えられないんです」
 頬を伝う涙が止まらなかった。



 「十年前だって……何も言わずに私を置いていった。
 また同じように背を向けるんですか」

 掠れた声で問い詰めると、彼は深く眉を寄せた。
 「……西園寺」
 苦しげに名前を呼び、続けざまに言う。
 「俺には、その言葉を受け取る資格がない」

 「資格なんて……そんなの関係ありません!」
 抑えきれずに叫んだ。



 その瞬間、会議室のドアが開いた。
 「……まだ残ってたんだ」
 佐伯が顔を覗かせ、私の涙に気づいて目を見開いた。

 「西園寺さん……大丈夫?」
 彼は迷わずハンカチを差し出してくれる。
 「泣く必要なんてない。君は、何も悪くない」

 温かな声。
 優しさに触れた途端、胸が張り裂けそうになった。
 彼の隣にいたら、こんなに苦しまなくてもいいのに。



 それでも、私の視線は藤堂部長を追ってしまう。
 冷たい拒絶の言葉と、抑えきれない想いがぶつかり合い、心はどうしようもなく乱れていた。

 ――私は誰を求めているのだろう。
 優しい手を差し伸べてくれる佐伯か。
 それとも、何度も傷つけるのに、忘れられない彼なのか。

 抑えきれない想いは、夜の静けさの中で、ますます燃え広がっていった。
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