十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第二十四章 許されない過去

 「俺は、君を守れなかった」
 その言葉が頭から離れなかった。

 十年前の突然の別れ。
 彼は私を突き放しただけだと思っていた。
 けれど本当は――私が陰でどんなに傷つけられていたかを知りながら、彼は何もできなかった。

 その罪悪感が、彼を今も縛っている。



 夜のオフィス。
 誰もいない会議室で向かい合った私たちは、互いに目を逸らせずにいた。

 「部長……私はもう、あの頃の私じゃありません。
 ただ待つだけで、理由も知らずに泣いていた子どもじゃない」

 勇気を振り絞り、言葉を重ねる。
 「だから、今度こそ教えてください。……何を背負っているのか」



 沈黙のあと、彼は深く息を吐いた。
 「……十年前。俺は婚約していた。相手は取引先の重役の娘だった」

 やはり――噂は本当だった。

 「だが、その婚約は俺に選ぶ余地はなかった。
 家も、会社も、俺に求めたのは“政略”だけだった」

 唇を強く噛む。
 「君と一緒にいることは、俺の立場を危うくした。
 そして……君は陰で“邪魔者”と呼ばれ、酷い言葉を浴びせられていた」



 胸が軋んだ。
 「……知っていたんですね」
 絞り出す声に、彼は苦しげに頷いた。

 「知っていたのに、俺は何もできなかった。
 ただ、自分の立場を守ることに必死で……君を守ることができなかった」

 彼の声はかすれていた。
 「だから、俺は君を傷つけた。……許されない」



 「違います!」
 気づけば叫んでいた。
 「私が一番苦しかったのは、理由を知らされなかったことです。
 ただ置き去りにされたことが、何よりも痛かった」

 頬を涙が伝う。
 「あなたに守ってもらえなかったことよりも……
 私に“愛している”と一度も言ってくれなかったことが、苦しかった」



 彼の目が揺れた。
 「……愛していた」
 掠れた声が、夜の会議室に零れる。

 「だが、その言葉を口にすることは、君をさらに傷つけると思った。
 俺が傍にいればいるほど、君は狙われ、孤立していった。
 だから……俺は別れを選んだ」

 その告白に、胸が張り裂けそうになった。
 十年越しの真実。
 ――彼は、愛していたからこそ手放したのだ。



 「……許されないのは、あの頃の私を信じてくれなかったことです」
 涙に濡れた声で呟く。
 「でも、まだ遅くない。過去をやり直すことはできなくても、これからを作ることはできる」

 彼は息を呑み、言葉を失った。

 静まり返った会議室に、雨音だけが響いていた。
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