十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第二十五章 心を揺さぶる影

 「……愛していた」
 彼の掠れた声が、何度も胸の奥で反響していた。
 十年前、聞くことのできなかった言葉。
 その真実を知れたのに、涙は止まらなかった。

 ――なら、どうして。
 どうしてあの時、私を抱きしめてくれなかったの。



 会議室を出たあとも、心はざわめき続けていた。
 夜のオフィス街。
 雨上がりのアスファルトに灯りが揺れ、私の影を細長く伸ばしていた。

 けれど、その影は一つではなかった。
 もう一つ、背後から迫る影があることに気づいたのは、そのときだった。



 「……久しぶりね」
 耳に届いた女の声。
 振り返ると、そこに立っていたのは――藤堂部長の“元婚約者”だと噂されていた女性だった。

 「あなたが、まだ彼のそばにいるなんて驚いたわ」
 冷たい微笑みが、背筋を凍らせる。

 「彼に相応しいのは、私だけ。……十年前と同じように」

 その言葉に、胸が締めつけられた。



 「違います……私は――」
 反論しかけた声を、彼女は嘲笑で遮った。

 「じゃあ、なぜあなたはいつも孤立するの?
 噂に振り回されて、彼に守られてばかり。
 本当に愛されているなら、もっと自信を持てるはずでしょう?」

 言葉を失った。
 図星だった。
 私自身、まだ彼を信じきれていない。



 その夜、自室の窓辺で膝を抱えた。
 「……私は弱い」
 呟いた声は震えていた。

 十年前の影。
 そして今もなお残る元婚約者の影。
 それらが心を揺さぶり、彼との距離をまた遠ざけていく。



 翌日。
 出社すると、同僚たちの視線が再び冷たく突き刺さった。
 「ねえ、聞いた? また“彼女”が現れたらしいよ」
 「やっぱり西園寺さんじゃ無理なんだ」

 囁かれる声。
 ――影は、確かに動き始めていた。



 そのとき、佐伯がそっと隣に立った。
 「大丈夫。俺がいるから」
 温かい笑顔と、差し出されたコーヒーのカップ。

 その優しさが、心を救うようで、同時に苦しかった。
 「ありがとう……」
 小さな声で答えるしかなかった。



 ――心を揺さぶる影。
 過去の影も、噂の影も、そして彼女の影も。
 私たちの未来を容赦なく曇らせていく。

 けれど、その闇を越えなければ、もう一度「愛している」と信じる日は来ないのかもしれない。
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