十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第二十六章 さらに揺れる心

 元婚約者との再会は、思っていた以上に胸を抉った。
 「彼に相応しいのは私だけ」――その冷たい言葉が、頭から離れない。

 十年前と同じ。
 私はまた、影に押し潰されようとしていた。



 翌日。
 出社すると、オフィスの空気はさらに冷たくなっていた。
 「やっぱり戻ってきたらしいよ」
 「西園寺さん、もう部長に必要とされてないんじゃない?」
 小さな囁きが背中を突き刺す。

 足がすくみそうになるのを必死に堪え、デスクに向かう。
 資料をまとめる手が震えて止まらなかった。

 そのとき、隣の席から小さな紙コップが差し出された。
 「西園寺さん、コーヒー」
 振り返ると、佐伯が柔らかい笑みを浮かべていた。

 「顔色が悪い。無理してない?」



 温かさに胸が詰まる。
 「……ありがとうございます」
 小さな声で答えると、彼は軽く首を振った。

 「礼なんていらないよ。俺はただ……君に笑っていてほしいだけだから」

 その言葉に、視界が滲んだ。
 どうして、こんなに優しいのだろう。
 どうして、この優しさに甘えきれないのだろう。



 午後の打ち合わせ。
 会議室に現れた元婚約者は、堂々と蓮に微笑みかけた。
 「お久しぶりね、蓮さん」

 彼の表情が一瞬だけ揺れる。
 その小さな揺らぎが、胸を鋭く刺した。

 会議が終わるや否や、私は誰よりも早く部屋を出た。
 「……もう無理かもしれない」
 廊下の片隅で呟いた声は、涙に震えていた。



 「西園寺さん」
 優しい声が背後から響く。
 佐伯だった。

 「辛そうだな」
 そう言って差し出されたのは、いつも持ち歩いているという小さなミントキャンディ。
 「甘いもの食べると、少し楽になるから」

 思わず笑ってしまった。
 涙を拭いながら、彼の優しさに救われる。

 「……佐伯さん、本当にありがとうございます」
 「俺は、君の笑顔を守りたいだけだ」
 真剣な眼差しに、胸が熱くなった。



 けれど――頭に浮かぶのは蓮の横顔ばかりだった。
 元婚約者の声に揺れた彼の表情。
 そして、十年前に交わしたたった一度のキス。

 「……どうして」
 どうして心は、こんなにも揺れてしまうの。

 佐伯の優しさに救われながらも、私の想いは別の人に縛られ続けていた。
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