十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第二十八章 揺れる信頼

 雨の再会から始まった日々。
 十年前に失った初恋が、再び目の前で動き出している――そう思えたのに。
 元婚約者の出現と、社内に広がる噂のせいで、私の心は再び揺らぎ始めていた。



 「西園寺さん、知ってる?」
 廊下ですれ違った同僚の囁きが耳に刺さる。
 「藤堂部長、またあの人と一緒にいたんだって」
 「やっぱり、本命は彼女なんじゃない?」

 笑い声が背中に追いかけてくる。
 私は振り返ることもできず、足を速めるしかなかった。



 打ち合わせの帰り道。
 蓮と歩く距離は、わずか数歩。
 けれど、その数歩があまりにも遠く感じられる。

 「……部長」
 思わず呼びかける。
 彼は振り返りもせずに答えた。
 「何だ」

 冷たい声。
 でも、ほんの一瞬だけ、横顔が苦しげに歪んで見えた。



 「私は……あなたを信じてもいいんでしょうか」
 勇気を振り絞った問い。

 蓮の足が止まった。
 沈黙。
 そして小さく漏れた声。
 「……俺は、信じられるに値しない男だ」

 その言葉に、胸が大きく揺れた。



 夜。
 デスクに突っ伏していると、そっと肩を叩かれた。
 「西園寺さん、もう帰ろう」
 顔を上げると、佐伯が優しく笑っていた。

 「頑張ってるのは知ってる。でも、君ばかりが傷つくのは違う」
 温かい声と、差し出された手。
 「俺なら、絶対に君を泣かせたりしない」

 その言葉は甘く、そして苦しかった。
 優しさにすがりたい気持ちと、蓮を忘れられない想いが交錯する。



 帰り道。
 夜風に揺れる街灯の下で、私は立ち止まった。
 「信じたいのに……信じられない」
 掠れた声が夜に消えていく。

 蓮を信じる心。
 影に揺さぶられる心。
 そして、傍らにいる佐伯の優しさ。

 ――私の信頼は、いま大きく揺れていた。
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