十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第三十八章 元婚約者の再来、挑発の言葉


 佐伯の優しさに救われた夜から、まだ数日しか経っていなかった。
 けれど心の奥では、蓮の拒絶の言葉が何度も響いていた。
 「俺には、君をどうこうする資格がない」

 ――その声を思い出すたび、胸が軋んだ。



 昼下がり。
 資料を抱えてエントランスに向かうと、ロビーの片隅に見慣れた姿があった。
 艶やかな笑みを浮かべた女性――蓮の元婚約者。

 「やっぱり、ここにいたのね」
 彼女は迷いもなく私の前に立ちはだかった。



 「藤堂部長の隣にいるのは、どう考えてもあなたじゃない」
 静かな声に潜む毒。
 「十年前だってそうだったじゃない。彼が選んだのは私。……あなたじゃなかった」

 胸が痛む。
 それが事実だったからこそ、反論できない。



 「なのにまた、彼の傍にいるなんて図々しいわ」
 彼女は薄く笑った。
 「あなた、知ってる? 蓮さんが今も“資格がない”って言ってるのは、私との過去を清算できていないからよ」

 その言葉に息が詰まった。
 「……そんなはず、ありません」
 必死に絞り出すと、彼女は挑発的に微笑んだ。

 「信じたいなら、信じればいい。
 でも――結局、泣くのはあなたよ」



 その瞬間。
 「西園寺さん!」
 背後から声がして、振り返ると佐伯が駆け寄ってきた。

 彼女は意味ありげな視線を蓮に向けていたが、佐伯の存在に気づくと小さく肩をすくめて立ち去った。

 「大丈夫か?」
 佐伯が真剣な瞳で私を覗き込む。

 「……ええ」
 そう答えたけれど、膝が震えていた。



 ロビーを見渡すと、少し離れた場所に蓮の姿があった。
 険しい表情で元婚約者を見送るその横顔。
 そして一瞬、私の方へ向いた瞳は、怒りと嫉妬と後悔が入り混じった色を宿していた。

 「部長……」
 小さく呟いた声は、届かないまま空気に消えていった。



 ――再び現れた元婚約者の影。
 挑発の言葉は、私の心に深い傷を残した。
 そして、その影はまた蓮の心をも揺さぶっていくのだと、直感した。
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