十年越しの初恋は、永遠の誓いへ

第五章 元カノの影

 「ねえ、西園寺さん。知ってる?」
 昼休み、給湯室で同僚に声をかけられた。
 「部長、前の会社にいたときに付き合ってた人がいたらしいよ。しかもすごい美人で……まだ続いてるんじゃないかって噂」

 ――心臓が、ずしんと落ちた。

 「……そんなの、ただの噂でしょ」
 努めて笑い返す。けれど声はかすかに震えていた。

 同僚は肩をすくめる。
 「まあね。でも最近も食事してたの見たって人、いるみたいだし」



 机に戻ってからも、胸のざわめきは消えなかった。
 「元カノ……」
 その言葉が頭の中をぐるぐる回る。

 十年前、私が「選ばれなかった」と思い込んだときと同じ。
 また私は誰かの影に怯えている。



 夕方、廊下で彼とすれ違った。
 「お疲れさまです」
 勇気を出して声をかけると、彼はわずかに頷くだけで通り過ぎようとした。

 気づけば、衝動的に口が動いていた。
 「……最近、誰かと会ってるんですか?」

 彼の足が止まった。
 ゆっくりと振り返り、鋭い瞳がこちらを射抜く。

 「……噂を気にしてるのか」
 「ち、違います。ただ……」

 言い訳を探すように視線を逸らす。
 すると彼は短く息を吐き、低く言った。

 「俺のプライベートに、君は関係ない」



 冷たい声が胸を貫いた。
 「……っ」
 返す言葉を失い、立ち尽くす。

 彼は何も言わず、背を向けて去っていった。
 その背中を見送りながら、涙が込み上げてくる。

 ――やっぱり。
 彼には、私なんて必要ないのかもしれない。
 心の中で囁く不安が、また十年前の傷を疼かせた。



 けれど。
 廊下の角を曲がる直前、彼が一瞬だけ振り返った。
 その瞳には、冷たさの奥に確かな迷いが揺れていた。

 「……どうして」
 胸の奥で小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。
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