さくらびと。 蝶 番外編(1)
そんなある春の朝、いつものように仕事へ向かう途中、私は、病院の中庭に立ち止まった。
雨上がりの澄んだ空気が漂っていた。
中庭の桜の木は、あの頃よりも、さらに立派に枝を広げていた。
そして、その桜の木の下で、私は、信じられないものを見た。
一匹の、透き通るような青い蝶が、ゆっくりと羽ばたいていた。
人生でみたことのない、朝日に照らされ、美しい輝きをもった青い蝶だった。
「綺麗.....」
私の口から、思わず声が漏れた。
蝶は、私に気づいたかのように、くるりと向きを変え、私の周りを、優しく舞い始めた。
まるで、私を歓迎しているかのようだ。
あの日の、千尋さんの笑顔が、脳裏をよぎった。
生前、彼女が自身の祖母の話していた時の事を思い出した。
『大切な人を置いていって亡くなった人は、
死んだ後、もう一度その大切な人に会うために、
神様の力を借りて羽を付けて戻ってくる。
そして蝶になって大切な人に一度だけ会いに来る』
もしかしたら、彼女が、
私に会いに来てくれたのかもしれない。
そう確信した瞬間、私の目から、一筋の涙が頬を伝っていた。
「千尋さん......?」
私は、ただ、その青い蝶に向かって、彼女の名前を小さく呼んだ。