さくらびと。 蝶 番外編(1)



そんなある春の朝、いつものように仕事へ向かう途中、私は、病院の中庭に立ち止まった。







雨上がりの澄んだ空気が漂っていた。




中庭の桜の木は、あの頃よりも、さらに立派に枝を広げていた。






そして、その桜の木の下で、私は、信じられないものを見た。





一匹の、透き通るような青い蝶が、ゆっくりと羽ばたいていた。





人生でみたことのない、朝日に照らされ、美しい輝きをもった青い蝶だった。







 「綺麗.....」





 私の口から、思わず声が漏れた。





蝶は、私に気づいたかのように、くるりと向きを変え、私の周りを、優しく舞い始めた。




まるで、私を歓迎しているかのようだ。





あの日の、千尋さんの笑顔が、脳裏をよぎった。




生前、彼女が自身の祖母の話していた時の事を思い出した。









『大切な人を置いていって亡くなった人は、


死んだ後、もう一度その大切な人に会うために、


神様の力を借りて羽を付けて戻ってくる。


そして蝶になって大切な人に一度だけ会いに来る』









もしかしたら、彼女が、



私に会いに来てくれたのかもしれない。



そう確信した瞬間、私の目から、一筋の涙が頬を伝っていた。





 「千尋さん......?」





 私は、ただ、その青い蝶に向かって、彼女の名前を小さく呼んだ。






< 17 / 19 >

この作品をシェア

pagetop