さくらびと。 蝶 番外編(1)

第7章 嵐の前の静けさ

 



 千尋さんの容態は、薬物療法によって一時的に安定したように見えた。






夜の眠りも深くなり、日中の活動量も増えた。



私との会話も、以前のように弾むようになり、その笑顔を見るたびに、私は胸を撫で下ろしていた。






 
 「蕾ちゃん、最近、板垣先生の治療、結構効いてるみたいだよ。ほら、このノート、先生に言われた通り、ちゃんと書き込んでるんだ」
 






 そう言って、千尋さんは嬉しそうにノートを見せてくれた。


彼女が前向きになってくれたことが、何より嬉しかった。





しかし、私の胸の片隅には、拭いきれない不安が残っていた。




薬で症状を抑え込んでいるだけで、根本的な解決にはなっていないのではないか。




千尋さんが、板垣先生への不満をノートの裏に書き散らしていると、屈託なく話していたことを思い出したのだ。




彼女は、辛い気持ちを隠して、無理に明るく振る舞っているのかもしれない。






その笑顔の裏で、彼女がどれほどの苦しみを抱えているのか、私は想像することしかできなかった。






 
 
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