氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
「え? 公爵領に戻るようにですか?」

 伯爵家の日当たりのいいサロンで午後のティータイムを満喫していたリーゼロッテは、隣に座るエマニュエルに聞き返した。

「はい、王城からフーゲンベル家に視察が入るとのことで、リーゼロッテ様も同席されるようにとのお達しですわ」

 エマニュエルの言葉に、リーゼロッテは飲みかけの紅茶のカップを手にしたまま首をかしげた。
「公爵家の視察に、わたくしがいていいのでしょうか?」
「今回は視察とは名ばかりの異形の者の調査ですからね。むしろリーゼロッテ様がいないことには始まらないのでしょう」
「……異形の者の調査?」

 エマニュエルの視線が横にずれて、リーゼロッテもつられてそちらの方を見やる。そこにはサロンの壁際で直立不動の姿勢でたたずむカークの姿があった。
 カークは公爵家の敷地内で、何百年も立ち尽くしていた異形の者だ。縁あって、今はリーゼロッテの護衛のような役目を果たしている。

 リーゼロッテの帰郷にあたって、カークは公爵家の屋敷からダーミッシュ領までついて来ていた。伯爵家の屋敷に戻ってきたら、自室の扉の横にカークが立っていて、リーゼロッテはそれはもう驚いたのだ。
 挙動不審なリーゼロッテを見たエラに、いたく心配されてしまった。ダーミッシュ家には異形を視る力を持つ者はいないので、カークに驚かれないで済んだのは不幸中の幸いだ。

(それにしても、カークはここまでどうやって来たのかしら……)

 自分たちは馬車で移動したのだが、その時カークの姿はなかった。カークはいつも歩いて移動しているので、馬車を追いかけて走ってきたのだろうか? 
 カークが必死に馬車を追いかけているシーンを想像しつつ、リーゼロッテはエマニュエルへと視線を戻した。

「もしかして、わたくしがカークを動かしたから……?」
「恐らくは。ですが……それだけではないとは思いますけれど……」

 歯切れの悪いエマニュエルの言葉に、執務室で頻繁におこる異形の騒ぎも含まれるのだとリーゼロッテは悟った。公爵家家令のエッカルトが言っていた、いわゆる“公爵家の呪い”の件だ。

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