氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 龍に対して言いたいことは山ほどあるが、感謝する日が来るなど思ってもみなかった。
 自分の傷もそうなのだが、このまま平穏(へいおん)な日々が続けばいいと、ただそう願う。ジークヴァルトが人並みのしあわせを手に入れられるように。

 リーゼロッテがジークヴァルトのために(つか)わされた龍の贈り物というのなら。
「その点だけは()めてもやってもいいわね」

 アデライーデのつぶやきは、誰もいない廊下にやけに大きく響いた。

 足早に廊下を進んでいると、曲がり角の先から言い争うような声が聞こえてくる。いぶかし気に歩を進めると、細身の男と大柄の男が何やら口論をしている最中だった。

「ちょっと、あなたたち! こんなところで何やってるのよ!」

 言い合いをしていたのは公爵家護衛(ごえい)のエーミールとヨハンだ。
 口論と言っても、いつものようにエーミールがヨハンに難癖(なんくせ)をつけているだけようだ。ヨハンは巨体を丸めて、エーミールを懸命(けんめい)になだめていた。

「「アデライーデ様!」」

 ふたりははもるように声を上げ、どちらも驚きと笑顔をアデライーデ向けた。しかし(そろ)えたように声を出したヨハンを、エーミールは不敬(ふけい)とばかりに(にら)み上げている。

「お前ごときがアデライーデ様のお名前を気安く呼ぶなど……!」
「エーミール、あなたいい加減にしなさいよ」

 アデライーデは呆れたようにため息をついた。

 エーミールは貴族としての誇りが高い。それ自体はいい。だが下位の者を軽んじる傾向が昔から顕著(けんちょ)すぎだ。

 エーミールはグレーデン侯爵家の次男で、ヨハンはカーク子爵家の跡取(あとと)りだ。現時点ではエーミールの方が身分が上だが、いずれヨハンが家を継げばヨハンは立派な爵位持ちとなる。
 領地を持つ子爵家当主と、侯爵家と言えどただの貴族の息子。どちらの立場が上になるか、エーミールには考えも及ばないようだ。

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