氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「ですが、アデライーデ様……!」
「こんな廊下で(いさか)いを起こすなんて、使用人に示しがつかないじゃない。一体何が原因なのよ?」

 エーミールばかりを責めると、あとでヨハンが余計になじられるのは目に見えているので、とりあえず喧嘩(けんか)両成敗(りょうせいばい)の方向で話を進める。

「明日、リーゼロッテ様の護衛で、わたしとエーミール様が共にダーミッシュ領へと(おもむ)くことになりまして……」
「わたしだけで十分というものを! アデライーデ様からもジークヴァルト様にそう進言(しんげん)していただけませんか?」
「当主が決めたことを(くつがえ)そうっていうの? エーミール、あなたは一体何様(なにさま)のつもり?」

 アデライーデが冷ややかな声を上げると、エーミールは青ざめて唇をかんだ。

「い、いえ、そんなつもりは」
「主の命令なら、黙ってそれに従いなさい。ヨハンもよ。受けた(めい)は、誰に何と言われようと胸を張って遂行(すいこう)する! いいわね? ふたりとも」
「はい! アデライーデ様!」

 元気よく返事をしたのはヨハンだけだ。アデライーデはじろりと睨み上げると、エーミールにずいと一歩近づいた。

「ねえ、エーミール。言っとくけど、ダーミッシュ領で騒ぎを起こしたりしたら、ただじゃおかないわよ」

 ダーミッシュ家はフーゲンベルク家に負けず(おと)らず使用人と仲が良い。そんな下位の伯爵家を、気位(きぐらい)ばかりが高いエーミールが(こころよ)く思うはずはなかった。

 なおも素直に(うなず)こうとしないエーミールに、アデライーデは意地の悪い笑みを作った。

「そんな態度に出ると、あとで死ぬほど後悔することになるわよ? そうね……エーミールの恥ずかしい話なら、リーゼロッテに山ほどきかせてあげられるし?」

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