氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
「リーゼロッテ様、道中お気をつけて」

 公爵家のエントランスホールに大勢の使用人たちがずらりと並んでいる。その真ん中で、リーゼロッテはジークヴァルトと向き合って立っていた。

「ヴァルト様、今回もいろいろとよくしてくださってありがとうございました」
「ああ」

 そう言いながらジークヴァルトは手に持った菓子を差し出してくる。いったいどこに隠し持っているのか、いつも手品のように出てくる菓子に半ば感心しつつ、リーゼロッテは素直に口を開いた。

 もう羞恥心(しゅうちしん)には(ふた)をした。()境地(きょうち)で受け入れることに慣れてしまった自分が少し怖く感じるが、使用人たちの目の前で「あーん」と言えるジークヴァルトに比べればまだましというものだ。

(ジークヴァルト様には恥ずかしいって感情がないのかしら……?)

 そんなことを思いつつ、差し出された菓子を口にする。今日は大好きなチョコレートだ。安定のとろけるおいしさに、リーゼロッテの頬はいつものようにへにゃりと(ゆる)んだ。

 口の中のチョコがなくなると、何か言いたげなジークヴァルトがじっとこちらを見ていることに気づく。どうして反応していいかわからず、とりあえずその瞳を黙って見つめ返していると、横からさっと小さな箱が差し出された。
 見ると家令のエッカルトがチョコが数粒(すうつぶ)入った箱を、(うやうや)しくリーゼロッテに向けて(かか)げていた。

「……エッカルト?」
「さ、リーゼロッテ様もご遠慮なく……」

 さらにずいと箱を差し出され、どういうことかと困惑(こんわく)気味(ぎみ)にジークヴァルトを再び見上げた。ジークヴァルトは無言のまま、先程と同じように自分の顔をじっと見つめている。

(この状況で、自分で食べろ……ということではなさそうね)

< 153 / 684 >

この作品をシェア

pagetop