氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 背中を冷や汗がたらりと伝う。これはあれか?あーんの往復(おうふく)作業(さぎょう)ノルマ()計画(けいかく)なのか?

 リーゼロッテの一挙(いっきょ)一動(いちどう)を、みなが固唾(かたず)を飲んで見守っている。もう一度エッカルトに顔を向けると、好々爺(こうこうや)の期待に満ち満ちた視線とぶつかった。

 胸の前で祈るように組んだ手にぎゅっと力が入る。ふるふると小さく首を振りながら羞恥(しゅうち)(うる)んだ瞳で見つめ返せば、エッカルトの方は細い瞳を悲し気に潤ませてきた。

 目の前にさし出された箱の中に視線を落とす。ここで(ケー)(ワイ)になりきれたら、箱のチョコ全部を自分でほおばって食べてしまうのに。
 しかし、淑女(しゅくじょ)としての矜持(きょうじ)がそれを許さない。いっそのことエッカルトにあーんをかましてみようか。

 一瞬のうちに脳内に様々な思いが駆け巡るが、自分がとれる選択肢はひとつしかない。それは初めから分かりきったことだった。

(これは使用人たちへのパフォーマンスなのよ)

 ジークヴァルトと婚約者である自分が、仲良くやっていますというアピールなのだ。使用人の士気(しき)にかかわる重要なミッションなのだ。

(きっとそうよ!でなければこんな茶番(ちゃばん)を、由緒(ゆいしょ)(ただ)しい公爵家で繰り広げるはずはないわ!)

 やけくそになってリーゼロッテは、その小さな指でチョコを一粒つまみ上げ、涙目でぎっとジークヴァルトを(にら)み上げた。

「ヴァルト様、あーんですわ」

 背の高いジークヴァルトの口元に、少し背伸びするような格好でチョコを差し出す。チョコをつまむ指先が小さく(ふる)えてしまうのは、羞恥(しゅうち)なのか怒りなのか、自分でもよくわからない。
 ジークヴァルトは身をかがめて、リーゼロッテの手からチョコを受け取ろうと薄く唇を開いた。背伸びをしているリーゼロッテが少しふらつくと、そっとその細い腰に手を()えて支えてやる。

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