氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 周囲にいた使用人たちの口から、ほぉ……とため息が漏れた。
 頬を染めて一生懸命チョコを差し出すリーゼロッテ。それを支えるようにやさしく包むジークヴァルトが、チョコを受け取り口にしている。

「「「あの甘いもの嫌いの旦那様が……!」」」

 歴史的一瞬をその目に焼き付けようと、使用人たちは目を皿のようにしてふたりを見守っていた。

「甘くはございませんか……?」

 甘いものは得意ではないと言っていたくせに、チョコレートを食べさせてよかったのだろうか? まあ、用意したのはエッカルトなので、そこまで責任を感じることもないのだろうが。

「ああ、問題ない」
「そちらはビターチョコになっております」

 エッカルトが補足するように付け加えた。その顔はいたく満足げだ。

 女性をまったく寄せつけなかったあのジークヴァルトが、かつてなく柔らかい表情で女性の手ずから菓子を口にしたのだ。ジークヴァルトの誕生の(おり)から、その成長を傍らで見守ってきたエッカルトにしてみれば、涙のひとつも出てくるシーンであった。

(今まで何も欲することのなかったジークヴァルト様が、ようやく手にしたしあわせなればこそ……)

 決して失うことのないように誠心誠意()くすのが、(つか)える者の(つと)めであろう。

「年を取ると涙もろくなっていけませんな……」

 胸元からハンカチを取り出すと、エッカルトは目頭(めがしら)にそっと押し当てた。その様子をリーゼロッテは複雑そうな表情でみつめている。

(この状況がいかにすごいことなのか、リーゼロッテ様には理解しがたいのでしょうが……)

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