氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 消え入りそうな小さい声で言った後、リーゼロッテはジークヴァルトをそっと見上げた。多分、今鏡を見たら真っ赤な顔をしているだろう。

 自分でも何を言っているのだろうと思うのだが、あの日以来、必要以上に()れてこないジークヴァルトが、自分に対して(いま)()()を感じているのだろうとはうすうす感じとっていた。その代わりのようにあーんの回数が激増しているように思えてならないのだが、それはまあそれとして。

 先程()れてきた指先は以前と変わらずやさしくて、決して触れることが嫌になったわけではないのだと、リーゼロッテはそう確信することができた。
 そのことに安堵(あんど)している自分がいる。そして同時に、今まで通り触れてほしいと望んでいる自分に対して、戸惑いを覚えた。

「そうか……」

 静かに言ったジークヴァルトの大きな手が、再びそっと髪をひとなでした。リーゼロッテはほっと息をつき、頬を染めたまま、はにかむような笑顔をジークヴァルトにまっすぐと向けた。

 次の瞬間、ドンっ!と、エントランス全体が大きく揺れた。突然の異形のざわめきに、その場にいた誰もが身を固くした空間で、ばちーん!と()(ちが)いに思える気の抜けた音が響き渡った。

 その音と共に異形たちも沈黙(ちんもく)し、その場に し――んと静寂(せいじゃく)が訪れた。みなの視線は響いた音の発信(はっしん)(げん)、ジークヴァルトの顔に(そそ)がれている。

 そこには両手で(みずか)らの(ほお)(はさ)()むように押さえつけた、ちょっと(なみだ)()になっているジークヴァルトがいた。

「……ヴァルト様?」

 不思議そうにこてんと首をかしげるリーゼロッテに、ジークヴァルトは「問題ない」とそのままの姿勢で答えた。

 いや、その格好(かっこう)で言われても……とこの場にいた誰しもが思ったのだが、当主(とうしゅ)の言うことに否と言えるはずもない。エッカルトのみが事情を察して「ご立派です、旦那様」と目頭(めがしら)を熱くさせている。

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