氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 (ぜん)当主(とうしゅ)であるジークフリートに屋敷(やしき)(じゅう)を破壊されまくってきたエッカルトとしては、ジークヴァルトの自制(じせい)ぶりを前に、流涙(りゅうるい)(きん)()ない。こんなにも愛らしいリーゼロッテを前に公爵家の呪いに(あらが)うなど、とてもあのジークフリートの息子とは思えない我慢(がまん)っぷりだ。

 ジークヴァルトが(なに)()わぬ顔で手を離すと、その両頬(りょうほお)には盛大に赤く手形(てがた)がついていた。どれだけの力を込めて自分の頬を(たた)いたのだろうか。

「ジークヴァルト様……頬が……」

 リーゼロッテがそっと指先を伸ばすと、ジークヴァルトは「いや、問題ない」とふいと顔をそむけた。赤くなった頬に触れそうで触れない距離で延ばされた小さな白い手を、やさしく自分の手でつかみ取る。
 先程は不意(ふい)()かれて異形の者を騒がせてしまったが、心づもりをしていれば何も問題はない。大丈夫だ、()えられる。

「もう時間だ。気をつけて帰れ」
「……はい、ありがとうございます、ヴァルト様」

 手を握られたままのリーゼロッテは淑女の笑みを返し、そのあと、はっとした顔をした。

「あの……ヴァルト様、最後にひとつお願いが……」
「なんだ?」

 言いづらそうに視線を左右にさまよわせた後、リーゼロッテは意を決したようにジークヴァルトを再び見上げた。

「夜会では、あーんも抱っこもなさらないでくださいませね」

 お願いというよりくぎを刺すような口調に、ジークヴァルトは一瞬口をつぐみ、しばらく考えるような仕草をした後、再びふいと顔をそらした。

善処(ぜんしょ)する」

 言われなければ、何も考えずにやらかすつもりだったのだろう。その気のない政治家の言い(のが)れのような返答であるのが気にはなるが、とにかく言質(げんち)は取ったとリーゼロッテは胸をなでおろした。

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