氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「そうだわ、ヨハン様。ダーミッシュ家はみな異形の存在を知らないのです。だからヨハン様も注意していただきたくて……」
「はい! そのあたりは心得ております! ご忠告ありがたく受けとらせていただきます!」

 なにやら感激した様子のヨハンに、リーゼロッテは微笑みを返した。

(ヨハン様にも無知なる者のことを伝えておいた方がいいかしら……?)

「それからヨハン様……わたくしの義父母(ふぼ)義弟(おとうと)のことなのだけれど……」
「はい!」
「みな、エラと同じで無知な……」

 そこまで言ってリーゼロッテは声をつまらせた。いきなり口をふさがれたような奇妙な感覚に(おそ)われる。しばらく金魚のように口をぱくぱくするが、どうしても言葉が続かない。

「リーゼロッテ様?」

 不思議そうなヨハンを前に、自分でもどうなっているのかわからずにリーゼロッテはただおろおろとした。

「お嬢様、そろそろ出発してもよろしいでしょうか?」

 困り顔の御者(ぎょしゃ)から声をかけられ、リーゼロッテは我に返った。馬車の先では、エーミールが何か言いたげにこちらを(にら)んでいる。

「ごめんなさい、早く出ないと遅くなってしまうわね。ヨハン様、何でもないの。ベッティのこと、お願いしますわね」
「おまかせくだい、リーゼロッテ様!」

 ヨハンが馬にまたがったのを合図に、馬車は再び走り出した。

 ガラガラと車輪が回る音がひとりきりの馬車の中に響く。

「……さっきのは一体なんだったのかしら」

 言おうとするのに、望む言葉が出てこなかった。不安に駆られながらも、ダーミッシュ家の屋敷が丘の向こうに見えてくると、安堵(あんど)の感情が()き上がってくる。

 住み慣れた我が家に帰ってきたのだと、リーゼロッテは人目を(はばか)らずに大きく息をついたのだった。




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