氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「お前たちに怪我はないか?」
 ふいにジークヴァルトが口を挟む。御者は恐縮したようにすぐさま返事をした。

「はい! わたしどもも問題はありません!」
「そうか。ならばいい」
「旦那様、お気遣いありがとうございます。念のためもう一度点検してから、すぐに出発いたします」

 いまだジークヴァルトの膝の上にいたリーゼロッテは、自分の頭の上にあるジークヴァルトの顔を見上げた。

(ヴァルト様が公爵家のみんなに慕われているのが分かる気がする……)

 常に無表情の鉄面皮(てつめんぴ)で、たまに笑ったとしても魔王のような笑みしか浮かべないジークヴァルトだが、公爵家の使用人たちに心から敬愛(けいあい)されている。それはこんなふうに仕える者たちを気遣えるやさしさがあるからなのだろう。

 ダーミッシュ家の者たちは、ジークヴァルトのことを遠巻きにして敬遠(けいえん)している様子だった。公爵という立場からそれは仕方のないことなのかもしれないが、怖い人ではないのだとみなに伝えたい。

(これから長い付き合いになるんだもの。わたしの周りにいる人たちにだけでも、ちゃんとわかってもらいたい……)

 そんなことを思いながら、リーゼロッテはジークヴァルトの膝の上で身じろぎした。馬車が動き出す前に、隣の席に戻ったほうがいいだろう。

「あの、ヴァルト様。危ないところを支えてくださってありがとうございました。……その、もう大丈夫ですので、降ろしていただけますか?」

 そう言いながら膝から降りようとすると、ジークヴァルトはその腕で逆にがっちりとホールドしてくる。リーゼロッテはそれ以上()(うご)きが取れなくなり、困惑したようにその顔を再び見上げた。

「ヴァルト様……?」
「却下だ。また何かあると危険だろう」
「え? いえ、このようなことは早々あるものでは……」
「いや、何かあってからでは遅い」
「ですが……」
「だめだ、お前は軽すぎる。飛んで行ったらどうする」

 さらにぎゅうと抱きすくめられて、リーゼロッテはぽかんと口を開けた。

「……さすがにそれは過保護すぎと言うものですわ」
「そんなことはない」

 呆れ気味のリーゼロッテの言葉に、ジークヴァルトは不機嫌そうにふいと顔を逸らした。こうなったら観念するほかはない。眉を下げつつもリーゼロッテは力を抜いて、ジークヴァルトに素直に身を預けた。


< 210 / 684 >

この作品をシェア

pagetop