氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 どすっ、と鈍い音がして、リーゼロッテは反射的に身を引いた。見ると、ジークヴァルトが自らの腹に(こぶし)を突き立てて、背中を丸めて身もだえている。

「じ、ジークヴァルト様……?」

 呆気に取られながらも声をかけると、ジークヴァルトは拳を腹にめり込ませたまま「問題ない」と顔を上げた。いつも通りの無表情だが、その目は涙目になっている。
 どう見ても問題ありありなのだが、ジークヴァルトが気を取りなおしたように「あーん」と菓子を差し出してきたので、リーゼロッテはそれ以上聞き返すことはできなかった。

(ヴァルト様って、実は自虐(じぎゃく)趣味(しゅみ)がおありなのかしら……)

 以前、公爵家の玄関先で、自らの(ほお)を力いっぱい(たた)いていたことを思い出す。
 将来、夫婦となった(あかつき)に、寝所(しんじょ)でムチや蝋燭(ろうそく)など取り出されたら自分にうまく対応できるだろうか。とろけるチョコ菓子をその口に含みながら、リーゼロッテはそんなことを考えていた。

 ぼんやりと考え事をしているうちに、気づくとジークヴァルトに横抱きに抱えられて、馬車の外へと連れ出されていた。

「あ、あの、ヴァルト様っ」

 焦ったように言うも、ジークヴァルトはすでにタウンハウスの玄関へと向かっている。もうこうなったら(いさぎよ)く運ばれるしかない。観念したところで、リーゼロッテははたと大事なことに気がついた。

「あの、今日のあーんのお返しと、たまったノルマは、いずれ公爵家にお(うかが)いしたときにまとめて消化いたしますから……」

 このままでは結局、義母(はは)たちの前であーん劇場が開幕されてしまう。それだけは何とか阻止したかった。

(ログボは次の日には繰り越せないのに……)

 ジークヴァルトにソシャゲの概念を()くわけにもいかず、リーゼロッテは何とか説得を試みた。

「ヴァルト様のお帰りも遅くなってしまいますし、わたくしも今日は早めに休みたいので……」
「……そうか」

 白の夜会も近いせいか、ジークヴァルトはそれで納得してくれたようだ。ほっと胸をなでおろす。
 ジークヴァルトはクリスタに挨拶(あいさつ)すると、リーゼロッテの髪をひとなでするだけで返事通りにおとなしく帰って行った。

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