氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 目の前でカイが彼女と踊っている。
 彼女の白い手を取って。あの柔らかそうな肢体に手をまわして。ふわりといい匂いのする耳元に顔を寄せて。

 ふと彼女がこちらを見た気がした。しかし、すぐに視線を()らされてしまう。
 彼女の笑顔が自分に向けられることは二度とない。あの笑顔は、いつか、誰かのものになる。

 なぜ、なぜなのだ。
(アンネマリーはわたしのものなのに――)

 そんな馬鹿げた考えが、この胸を()がすように支配する。焼き切れそうな何かが悲鳴を上げて、うまく息ができなくなる。

 隣国の王子がアンネマリーを手荒に扱うのを目にしたとき、ハインリヒは思わず壇上を飛び出しそうになった。

 そのとき不意にイジドーラ王妃が立ち上がった。ハインリヒを制するように片手を(ゆる)く上げ、少しだけ振り返ると妖艶(ようえん)な笑みを口元に()く。

 王妃はフロアに降りると、アンネマリーから隣国の王子を引き離した。そのまま彼女はカイに連れられて会場を後にする。

 ハインリヒは(こぶし)をきつく握りしめたまま、(きびす)を返して壇上から降りた。迷わず王族専用の扉からこの場を逃げるように出る。父王に許しを得ることすらしなかった。

 それをちらりと見やっただけで、ディートリヒ王はすぐに会場へと目と戻した。そして、はるか遠くまでを見渡すような瞳で、静かに、ただ夜会の(きょう)を眺め続けていた。

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