氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 バルバナスは王族専用の通路を通り、夜会の控室に向かっていた。そこで待っていればじきにディートリヒもやってくるだろう。

 正直言って行きたくない。行きたくはないが、会場で貴族たちに囲まれるよりはまだましというものだ。
 令嬢避けにアデライーデを連れてきたものの、彼女をさらし者にするのは本意ではなかった。アデライーデが負った傷のことを、いまだにおもしろおかしく話す(やから)は少なくない。

 近衛(このえ)の騎士がバルバナスの姿を認めると、礼を取った後その扉を開けた。バルバナスは騎士に軽く手を上げてから、その室内へと入る。
 誰もいないだろうと思って入った部屋には、青白い顔をしたハインリヒが、何をするでもなくそこに立っていた。握りこんだその手を認めて、バルバナスは咄嗟(とっさ)にその腕を(つか)んだ。

「おい」
「……伯父(おじ)(うえ)

 表情のない顔をハインリヒは向けてくる。きつく握りしめた手を無理矢理に開かせると、爪が食い込んだのか白い手袋が赤く染まっていた。

「何をやってる。白の夜会を血で()める奴があるか」

 そう言われて、ハインリヒは自分の手のひらに目を向けた。白い手袋に血が(にじ)んでいる。だが、それが何だと言うのか。なんの感慨(かんがい)もなくハインリヒは自分の手をただ見つめた。

「ったく、しょーがねぇなぁ」

 バルバナスは扉の騎士に包帯を持ってこさせ、血の付いた右手の手のひらを丁寧(ていねい)(ぬぐ)っていく。清潔(せいけつ)な布を当て、包帯をまきつける。手袋()しだったからか、傷はそう深くない。これなら明日にでも包帯はとれるだろう。
 念のためにと反対の左手を取る。ハインリヒは無表情でされるがままだ。

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