氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 アンネマリーの瞳から一筋(ひとすじ)の涙が伝う。

 手にしている箱の中には、見事な装飾(そうしょく)の首飾りと(つい)の耳飾りが納められていた。一番に目を引くのは、首飾りの大ぶりな(つや)やかな石だ。

 その石はそれはそれは美しく、(むらさき)(ひかり)がたゆとうように()らめいている。その色はまるで誰かの瞳を彷彿(ほうふつ)とさせ――

 箱の中のひとそろいの意匠(いしょう)をみて、ジルケは思わず息をのんだ。
 これを身につけて夜会に出ることの意味くらい、イジドーラに分からないはずもないだろう。いや、分かっているからこそ、アンネマリーにこれを身につけろと言うのか。

「何を考えているの、イジドーラ様は」

 婚約者でもない令嬢に、王太子の瞳の色を表すアクセサリーを身につけさせるなど、悪趣味(あくしゅみ)としか言いようがない。アンネマリーを王太子妃に望むとしても、順番がめちゃくちゃすぎる。

 紫の瞳は王族の血筋(ちすじ)特有のものであり、今この国でその色の瞳を持つ者はハインリヒ王子とその姉姫(あねひめ)以外は存在しない。イジドーラにどんな意図(いと)があろうと、王太子の婚約者が不在の現状では、貴族の間で動揺が走るのは必至(ひっし)だ。

 婚約のように確固(かっこ)たる約束が交わされるでもなく、王妃の気まぐれで贈られたものとなると、憶測(おくそく)憶測(おくそく)を呼ぶだろう。王妃はアンネマリーの未来をつぶすつもりなのか。

「やっと……やっと、ふっきることができたと思ったのに……」

 (せき)を切ったようにアンネマリーが泣き崩れた。だめだと分かっているのに、その石に手を伸ばしてしまう。

 あたたかい波動(はどう)を感じる。いつかの陽だまりのような。心が解ける笑顔のような。
 (むささき)がやさしく()らめく石を両手に閉じ込め、その胸にかき(いだ)く。

(ハインリヒ様――)

 涙を止める(すべ)は、アンネマリーにはもう残されてはいなかった。




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