氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 リーゼロッテはカイの手伝いのために名鑑を見ていることを思い出して、改めて先頭のページへ移動した。貴族名鑑は爵位の高い家から記載されているようだ。何ページかまくって、リーゼロッテはある公爵家のページで手を止めた。

(ザイデル公爵家……あ、王妃様のご実家だわ)

 一年違いの名鑑を見比べると、その一年で当主が代替わりしたようだ。しかしそれは父から子ではなく、兄から弟への代替わりだった。(あと)()りのいない当主が亡くなった場合、その兄弟に爵位が譲られるのはよくあることだ。

(あれ? でも、お兄さんの方は亡くなったわけではないみたい)

 前年にザイデル公爵であった兄の名は、翌年の年鑑では二重線が引かれている。亡くなった場合かっこでくくられると、カイには説明を受けたはずだ。

「あの、カイ様……こちらの方はなぜ二重線が引かれているのでしょうか?」

 ぱっと顔を上げたカイが、リーゼロッテの見ているページをみやって「ああ」と言った。

「その人は貴族を除籍(じょせき)になったんだ。国家(こっか)転覆(てんぷく)(たくら)んでね」
「え!?」

 不穏(ふおん)なことをさらっと言われて、リーゼロッテは言葉を失った。王妃の実家がそんなことをしでかしたなど、聞いた事もない。

「イジドーラ様は無関係だよ。今のザイデル公爵もね」
 カイはそれだけ言って、再び自分の作業に戻ってしまった。

 王家への反逆(はんぎゃく)とあらば、本来ならザイデル公爵家は取りつぶしの運命だった。だが、当時、イジドーラはセレスティーヌ王妃のそばにずっといた。王妃(みずか)らイジドーラの身の潔白(けっぱく)を証明し、罪を問われることは(まぬが)れたのだ。

 現ザイデル公爵であるゲルハルトも、野心を持つ兄とそりが合わず、十年以上ザイデル家から出奔(しゅっぽん)していた状態だったため、共謀(きょうぼう)の罪に問われることはなかった。ディートリヒ王の慈悲(じひ)もあり、ザイデル公爵家は取りつぶされることなく、弟のゲルハルトを当主に()えて存続の危機を(まぬが)れた。

 その後にセレスティーヌがみまかられ、さらに数年後にイジドーラが(のち)()えとしてディートリヒ王に輿(こし)()れをした。
 ディートリヒ王がイジドーラを王妃として迎え入れたため、今ではザイデル家の謀反(むほん)の話題を表立って出す者は皆無(かいむ)だ。その腹の中で一物(いちもつ)を抱える者がいたとしても。

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