氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
明確(めいかく)死因(しいん)はなく行方不明……妊娠から出産まで十月(とつき)十日(とうか)はかかる……)

 もしアニータが誰か上位貴族の子を宿し、子の命を守るために姿をくらませたと言うならば符合(ふごう)が合う。行方不明になった年に子を(はら)み、翌年に出産したのならばルチアが生まれた年となる。

(スタン伯爵家に王家の血筋は入っていない。それに当主(とうしゅ)不在(ふざい)で、何年か前に爵位が返上されたはずだ……)

 (あと)()ぐ血縁もいなかったため、その領地は今は王家の管理となっている。いずれ功績を(たたえ)えられた者へと爵位が与えられることもあるだろうが、今のところその話もなかった。

(アニータ・スタン……アニサ・S)

 ただの偶然かもしれないが、ルチアの母親の名前が偽名(ぎめい)とするなら、アニータがアニサである可能性はある。偽名を名乗る場合、本名と似通った名の方が、日常で不自然な反応をしないで済む。

(アニータ・スタン嬢が行方不明になる直前の動向(どうこう)を調べる必要があるな)

 その時期、彼女がどこで何をしていたのか。もしその場所で誰か貴族の影が()いだせるのなら、その人物がルチアの父親である可能性は高い。
 その上で、その人物が王家の血を引く者ならば、ルチアが龍の託宣を受けた可能性も出て来るのだ。

 二十三歳のアニータが行方不明になったとき、イジドーラは二十二歳だ。同じ年頃の令嬢ならば面識(めんしき)くらいはあったかもしれない。

(いや、駄目だ。その頃のイジドーラ様は、ザイデル家の謀反(むほん)とセレスティーヌ王妃の死で、まったく余裕がなかった時期だ。思い出させるようなことはしたくないし……ルイーズ殿なら知っているかもしれないな)

 イジドーラ付きの古参の女官を思い浮かべ、カイは急ぎ立ち上がった。どうせなら神殿の書庫に入る前に、確認しておきたい。

「ごめん、オレもう行かなくちゃ」
「え? 調べ物はもうよろしいのですか?」

 カイは貴族年鑑を手早く抱え上げて奥扉の棚に戻すと、ベッティに向かって手招きした。

「オレ、このまま帰るから、あとはうまくやっといて」
 それだけ言い残すとカイは、リーゼロッテに目もくれずに書庫を出て行ってしまった。
「承知いたしましたぁ」

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