氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 さかのぼってその日の早朝、カイは神殿の長い廊下の先の、奥まった部屋へと通されていた。

 そこで待っていたのは、ひとりの若い神官だった。白銀の長い髪をしたその神官は、美女と言っても差し支えないほどの容姿を備えた男だ。閉じられたままの両眼が開かれることはなく、彼の瞳は光を失っているだろうことがうかがえる。

 案内を務めた別の老齢の神官は、カイをそこまで送り届けると、言葉を交わすこともなくそそくさとこの場を退場していった。残されたふたりは対峙(たいじ)したまま、しばし部屋の中に沈黙がおりる。

「……まさかレミュリオ殿が来られるとはね。神殿はオレを買いかぶりすぎのようだ」

 その静寂を破ったのはカイだった。探るようなその声音(こわね)に、神官は静かに笑みを作った。

「みな、あなたをどう扱っていいのか、判断に困っているのですよ。わたしのように使えない人間をよこすのがいい証拠です」
「はは、使えないだなんて謙遜(けんそん)もすぎるんじゃない?  レミュリオ殿が次期神官長候補ってことくらい、このオレの耳にも届いているよ」
「根の葉もない(うわさ)ですよ。カイ・デルプフェルト様ともあろう方が、そのような()迷言(まいごと)に惑わされるとは思えませんが」
「世迷言、ね」

 カイが胡散(うさん)(くさ)そうに見やると、レミュリオはうすく口元に笑みを浮かべながら、迷いのない足取りで扉へと向かった。

「このような早朝をご指定なさったのは、時間が惜しいからでしょう?  早速、託宣の書庫へとご案内します」

 そこに異論も反論もなかったカイは、レミュリオの後をおとなしくついていった。レミュリオは瞳を閉じたままの状態で、なんの戸惑いもなく廊下を進んで行く。

「……レミュリオ殿は、実は見えてるんじゃない?」
「だったらいいのですが。ここでの生活も長いですし、勝手知ったる、というやつですよ」

 気を悪くしたそぶりもみせず、レミュリオは歩を(ゆる)めることなく静かに答えた。

「それに人間、ひとつのものを失うと、他の感覚が研ぎ澄まされるようになるものです。人の体とは面白いものですね」

 そう言ってレミュリオは、すれ違った神官に道を譲るように廊下の端へと移動した。その神官はカイの姿を認めると、驚いたようにそそくさと走り去っていく。
 それを気に留めるでもなく「なるほど。人一倍他人の気配に敏感ってわけか」と、カイはレミュリオの背にむかってつぶやいた。

「もっとも、あなたのように気配を隠すのがうまい人間相手では、なにかと苦労しますがね」

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