氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 かけよってその背中をさする。

「お願いよ……お願いだから……」
「ごめん……ごめんなさい……母さん、もう言わない……約束もちゃんと守るから……」

 涙混じりで言うルチアを、アニサはまだ整わない息のままきつく抱きしめた。

(真実を、すべて話してしまえたら――)

 だが、それを知ってしまったら、ルチアはこんなにも真っ直ぐに育たなかったかもしれない。
 自分はもう長くない。アニサにはそのことがよく分かっていた。

(どうしたら、この子を守れるの……)

 逃げるだけで精一杯だった。安住(あんじゅう)の地は望めず、その日その日をしのぐことで、何とかここまでやってきた。
 生まれた家を頼ることはできない。過去、知り合った親切な友人たちにも。

(……神殿に、見つかるわけにはいかない……)

 アニサは震える指で、枕の下から一枚の紙を取り出した。それをルチアに握らせると、不安げに揺れるルチアの金色の瞳をまっすぐに見つめて、その頬を両手で包み込んだ。

「ルチア……もしもわたしに何かあったら、ここを訪ねなさい。そして今まで通り、ひと所には留まらないようにして。あなたの秘密は、決して……決して誰にも知られないようにするのよ」
「母さん! なんでそんなこと言うの! いやよ、わたし……!」
「ルチア……お願い……約束してちょうだい……」

 まだ十三歳のルチアにそれを望むのは過酷(かこく)なことだ。それでもそうするよりほかに、ルチアを運命から守る手立(てだ)てはない。

 咳込みながら懇願(こんがん)する母に、ルチアは顔をゆがませた。

「……わかったわ……わかったから、母さん、これを……薬を飲んで……」

 咳止めの粉薬を飲ませたあと、アニサを寝台(しんだい)に横たえさせる。薄い毛布を肩までかけ、しばらくするとアニサは青白い顔のまま眠りについた。
 以前に比べて痩せてしまった母の寝顔をそっと見守る。アニサはここのところ常に顔色も悪く、食もずいぶんと細くなった。

 これから過酷(かこく)な冬がやってくる。南に位置する比較的(ひかくてき)暖かい王都にいるとはいえ、暖炉(だんろ)もないこの薄暗い小さな部屋で、子供のルチアにアニサを守れるだろうか。
 紙袋からビョウを取り出す。(アニサ)が目覚めたら少しでも口にしてもらおう。

 一緒に入れてあった焼き菓子は、人ごみを歩いたせいでいびつにつぶれていた。ルチアの気持ちもこのひしゃげた菓子のように、すっかり小さくしぼんでしまっていた。



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