氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
 もう一度ジークヴァルトを上目づかいでみやると、無表情の青い瞳とぶつかった。さらにずいと唇すれすれのところまで差し出され、観念したリーゼロッテはそっとその唇を開いた。
 絶妙のタイミングで押し込まれ、リーゼロッテの口内に甘いチョコレートがとろけていく。思わずうっとりとした表情になったことに気づかないのは当の本人だけで、それを目の当たりにした使用人一同は、「よっしゃーっ!」と内心でガッツポーズを作っていた。
 エッカルトも胸元のポケットからハンカチを取り出して、そっと目頭(めがしら)の涙を()いている。

 公爵家では、ふたりのあーんはノルマであり、神聖(しんせい)儀式(ぎしき)と化していた。
 使用人たちはその瞬間を一目見ようと躍起(やっき)になっており、あーんを目撃(もくげき)した者は、その日一日ラッキーなことに恵まれるなどというジンクスまで広まっている。

 訪問先の玄関で菓子を立ったまま食べるなど、およそ貴族令嬢のすることではないのだが、リーゼロッテが拒否できる雰囲気ではまるでない。

(うう……あーんはノルマだって言ったのは自分だけど……せめて人目のない室内でやってほしい……)

 後でマテアスに相談してみよう。リーゼロッテがそう決意している間に、使用人にせかされたジークヴァルトがしかめ(つら)をしながら扉に向かって行った。

「今日は遅くなる。ダーミッシュ嬢は先に休んでいろ」
 振り向きざまにそう言い残して、ジークヴァルトは王城へと(あわ)ただしく出かけていった。

「いってらっしゃいませ、ジークヴァルト様」
 リーゼロッテが淑女の礼で見送ると、使用人たちもそれにならってジークヴァルトに腰を折ってその背を見送った。

(なんだか、本当の夫婦みたいなやり取りね……)

 リーゼロッテはいまだジークヴァルトの婚約者の身。公爵家にはあくまで客人として迎えられているはずだ。だが、その扱いはもはや公爵家の一員のようだった。

 ジークヴァルトを見送った後、エッカルトに連れられて自身にあてがわれた部屋へと向かう。すれ違う使用人たちに腰を折られ、口々に「お帰りなさいませ」とあいさつされる。

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