氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「疲れただろう? 眠っていい」
「いえ、そのような訳には」

 自分はもう、社交会にデビューした一人前の貴族だ。お茶会帰りの馬車の中、婚約者の膝の上でお(ねむ)など、どうしてそんなことができようか。

「また、怖い思いをさせた……」

 不意にぽつりと言葉が落ちる。はっとして顔を上げると、苦し気な瞳でジークヴァルトはこちらを見ていた。リーゼロッテはこの目を知っている。ジークハルトに体を乗っ取られたあの日、こんな表情(かお)をジークヴァルトは確かにしていた。

 ――ヴァルトが死にそうな目にあったのは、一度や二度のことじゃないよ

 あの日のジークハルトの言葉がよみがえる。ジークヴァルトは子供のころから異形に狙われ続けている。リーゼロッテが狙われるのも、ジークヴァルトの託宣の相手だからだ。
 でも、それは違う。唇をかみしめて、リーゼロッテは小さく首を振った。

「ジークヴァルト様のせいではございませんわ。それに、お借りしていた守り石がわたくしを守ってくれました。でも、もし、わたくしがもっとちゃんと力を扱えていたら……」

 あの青く揺らめく守り石が、無残に砕け散ってしまうことはなかったかもしれない。

「守り石など、いくらでも替えがきく」
 低く言ってジークヴァルトは、リーゼロッテを抱きしめる手に力を入れた。

(そうか、ヴァルト様は……)

 自らが味わってきた恐怖を知っているからこそ、この自分を同じ目に合わせたくないのだ。だから、あんなにも過保護で心配ばかりするのだろう。
 義務感からだとばかり思っていた自分が急に恥ずかしくなる。ジークヴァルトはこんなにも、いつでもこの身を案じてくれているというのに。

 先ほどの深紅の女の姿が、再び脳裏に浮かぶ。

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