氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
「何を心配しているのか知らないが、わたしはリーゼロッテ嬢のところに夜這いに行ったりはしないぞ」

 このハインリヒの自室は、王太子妃の部屋である星の読みの間に、隠し通路でつながっている。ジークヴァルトは先ほどそこを通って、リーゼロッテに会いに行ったのだろう。

 グレーデン家に星を堕とす者が現れたことは、ハインリヒも報告を受けている。リーゼロッテが星読みの間で保護されているのもそういう経緯からだ。王妃の離宮は王による加護が厚い。異形に対する守りならば、国内随一の場所と言えた。

「そんなに心配だったら、向こうに行ったまま戻ってこなければいいだろう」

 投げやりに言って、ハインリヒは手にした書類に再び目を落とした。本当にジークヴァルトは変わったと心底思う。こんなにも一人の女性に執着するなど、未だに信じがたいことだ。

 重く長い息をつきながら、書類をめくる。その文字を目で追うものの、頭になど入ってこない。この脳裏を巡るのは、あきれるくらいアンネマリーのことばかりだ。
 さすがに自分でも頭がおかしくなったのではないかと思っている。彼女と共に過ごしたのは、本当に僅かな時間だったのだから。

 アンネマリーを忘れることはあきらめた。最近では、そんなふうに開き直っている自分に対して、もはや投げつける言葉もみつからない。

「非効率だな」

 不意に書類を取り上げられる。手にした紙の束を無造作に机に放り投げると、ジークヴァルトはハインリヒの腕をつかんで立ち上がらせた。

「そんな腐った顔をしているくらいなら、少しオレに付き合え」

 そのまま有無を言わさず部屋の外へ引っ張り出される。ハインリヒはされるがままに、ジークヴァルトに連れられて行った。その後を、部屋を警護していた近衛の騎士が、慌てたようについてくる。

「お前はここで待て。大丈夫だ、無茶はしない」
 ジークヴァルトは近衛騎士に向かって言うと、鍛錬場の扉を開けた。

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