氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
しんとした薄暗い部屋が広がっている。壁に掛けられた模擬剣を二本取ると、ジークヴァルトはそのうちの一本をハインリヒに向けて投げてよこした。
「たまにはいいだろう?」
「ああ、こうしてお前と手合わせるのは久しぶりだな」
深夜の寒々とした鍛錬場で、ふたりは剣の切っ先を向け合い対峙した。しばらく無言でにらみ合ったあと、ほぼ同時に動き出す。
続けざまに、剣がこすれ合う音が響いていく。一閃、一閃、火花が散り、気を抜くことは一時もできない。
こういったとき、ジークヴァルトは容赦がない。王太子である自分を相手にしたとき、大概の者は怪我をさせまいとその手を抜いてくる。わざと負けられるのはおもしろくはないが、己の立場を思えばそれも仕方のないことだ。
しかし、ジークヴァルトは怪我をさせないギリギリのところを攻め立ててくる。重い斬撃を受け止め、弾き、攻撃に転じる。それを幾度か繰り返したのち、勝負はあっさりとついてしまった。
手にした剣が弾き飛ばされ、遠くの床へとすべりながら転がっていく。尻もちをついた喉元すれすれに、冷やりとした剣先を突きつけられた。
互いの荒い息遣いだけが鍛錬場に響く。しばしの後、ジークヴァルトはその剣を鞘に納め、そのままハインリヒの腕を引いて立ち上がらせた。
「……ろくにお前に勝てた試しはないな」
「お前は守られる立場の人間だ。お前よりオレが強くて当然だろう」
そっけなく言うと、ジークヴァルトは転がっている剣を拾い上げ、元あった壁へともどしていった。
思えばジークヴァルトと最後に手合わせたをしたのはいつの事だったろうか。子供の頃から幾度となく行われていたそれは、忙しい日々にいつの間にか忘れ去られていった。
ジークヴァルトとて、公爵の立場だ。本来ならば、多くの者に守られて当然だろう。それなのに、自分のこの背を守るように、いまだ当たり前にここにいる。
(そうか……あの日以来、ヴァルトとは手合わせはしていなかった)
アデライーデを傷つけたあの日、ジークヴァルトをも失っておかしくなかった。だが、そうさせなかったのは、アデライーデ自身に他ならない。
「たまにはいいだろう?」
「ああ、こうしてお前と手合わせるのは久しぶりだな」
深夜の寒々とした鍛錬場で、ふたりは剣の切っ先を向け合い対峙した。しばらく無言でにらみ合ったあと、ほぼ同時に動き出す。
続けざまに、剣がこすれ合う音が響いていく。一閃、一閃、火花が散り、気を抜くことは一時もできない。
こういったとき、ジークヴァルトは容赦がない。王太子である自分を相手にしたとき、大概の者は怪我をさせまいとその手を抜いてくる。わざと負けられるのはおもしろくはないが、己の立場を思えばそれも仕方のないことだ。
しかし、ジークヴァルトは怪我をさせないギリギリのところを攻め立ててくる。重い斬撃を受け止め、弾き、攻撃に転じる。それを幾度か繰り返したのち、勝負はあっさりとついてしまった。
手にした剣が弾き飛ばされ、遠くの床へとすべりながら転がっていく。尻もちをついた喉元すれすれに、冷やりとした剣先を突きつけられた。
互いの荒い息遣いだけが鍛錬場に響く。しばしの後、ジークヴァルトはその剣を鞘に納め、そのままハインリヒの腕を引いて立ち上がらせた。
「……ろくにお前に勝てた試しはないな」
「お前は守られる立場の人間だ。お前よりオレが強くて当然だろう」
そっけなく言うと、ジークヴァルトは転がっている剣を拾い上げ、元あった壁へともどしていった。
思えばジークヴァルトと最後に手合わせたをしたのはいつの事だったろうか。子供の頃から幾度となく行われていたそれは、忙しい日々にいつの間にか忘れ去られていった。
ジークヴァルトとて、公爵の立場だ。本来ならば、多くの者に守られて当然だろう。それなのに、自分のこの背を守るように、いまだ当たり前にここにいる。
(そうか……あの日以来、ヴァルトとは手合わせはしていなかった)
アデライーデを傷つけたあの日、ジークヴァルトをも失っておかしくなかった。だが、そうさせなかったのは、アデライーデ自身に他ならない。