氷の王子と消えた託宣 -龍の託宣2-
     ◇
 深夜の石造りの廊下にコツコツと足音が響く。
 騎士団の本拠地が辺鄙(へんぴ)なこの地に置かれているのは、(おさ)であるバルバナスがそう望んだからに他ならない。

 四方を山脈で囲まれるこの国は、王都の最南の峠がいちばん敵国に攻め入られやすい地形となっている。有事の際に対応しやすいからだと言われれば納得するよりほかはないが、そう主張するバルバナス本人が、王城界隈(かいわい)を避けたいがためにこの地を選んだという事は、騎士団の誰もが知る所だ。

 白い息を吐きながら、ニコラウスは城塞の中をのんびりと見回っていた。今夜の警備が終われば、三連休が待っている。王都に帰るには短いが、与えられた私室で過ごす分には十分ゆっくりできる日数だろう。
 先日、王都に戻った時に、ちょっとムフフな本が手に入ったのだ。ほかの奴らに見つかると、俺たちにも見せろだなんだと厄介なので、休暇中にゆっくり読もうと大事に隠しておいた逸品だ。

 そんなことを考えながらにやにやしていたニコラウスは、ある場所でふと立ち止まった。奥まった廊下の先に人の気配がする。
 背の高い鉢植えのその奥に置かれた長椅子は、知る人ぞ知るさぼりスポットだ。だが、こんな夜更けにそんな場所にいるとしたら、それはひとりしか考えられない。

 足音を忍ばせて、その場所を覗き込む。その長椅子にいたのは案の定、アデライーデだった。騎士服のままの足を投げ出して、薄い毛布にくるまり無防備に寝息を立てている。
 ゆっくりと胸が上下する。こんな寒い中よく眠れるものだとあきれながら、ニコラウスはコートを脱いで、アデライーデの体の上にそっとかけた。そのまま寝顔を覗き込む。

 黙っていれば綺麗な顔だ。公爵令嬢である彼女がこんな騎士の真似事をしているのも、その右目にかかる傷のせいなのだろう。その傷があってもなお、アデライーデは美しいと思う。そう、その口さえ開かなければ。

 そうっと手を伸ばして、指先で傷をなぞろうとする。その瞬間、ニコラウスは伸ばしていた手を後ろにきつくねじりあげられた。

「あだだだだだだっ」
「ちょっと、たれ目のくせに、人の寝込みを襲うなんてどういうつもりよ」

 背後からアデライーデにのしかかられ、床に這いつくばらせられる。容赦なくねじりあげられる腕が悲鳴を上げた。

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